小助官兵衛の戦国史シナリオ/小助官兵衛の戦国史に登場する城郭一覧

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小助官兵衛の戦国史に登場する城郭一覧です。
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【相模国】
沢山城〒195-0054 東京都町田市三輪町三輪城ともいう。戦国時代に北條氏照家臣の萩野氏が築城。
成瀬城〒194-0044 東京都町田市成瀬鳴瀬城ともいう。鎌倉時代初期に横山党の成瀬藍原氏が居城とした。
井手ノ沢城〒194-0032 東京都町田市本町田井出ノ沢城、殿ノ城ともいう。建武2年(1335年)に北條時行足利直義と戦った井手ノ沢城を築城。
石丸城   
小仏城〒229-0104 神奈川県相模原市相模湖町千木良小仏山城、小仏城山ともいう。
景信山城〒229-0104 神奈川県相模原市相模湖町千木良影信山城、景信山烽火台ともいう。横地景信(横地将監)が居城とした。
嵐山城〒229-0105 神奈川県相模原市相模湖町若柳津久井城の出城。戦国時代に北條氏が築城。見張台や烽火台として使用された。
間山城〒229-0105 神奈川県相模原市相模湖町若柳相野山城、間山烽火台ともいう。
上ノ山城〒229-0106 神奈川県相模原市相模湖町寸沢嵐 
守屋城〒229-0205 神奈川県相模原市藤野町日連 
鉢岡城〒229-0206 神奈川県相模原市藤野町牧野鉢岡山城、鉢岡山烽火台ともいう。
石老山城〒229-0206 神奈川県相模原市藤野町牧野上ノ山城、顕鏡寺城ともいう。野呂左京亮の城。
奥牧野城〒229-0206 神奈川県相模原市藤野町牧野奥牧野山城、奥牧野城山ともいう。
伏馬田城〒229-0206 神奈川県相模原市藤野町牧野尾崎掃部助の城。天文5年(1536年)武田氏家臣小林刑部が秋山口から侵入。
小松城〒220-0111 神奈川県相模原市城山町川尻宝泉寺城ともいう。鎌倉時代に永井氏(長井氏)が築城。室町時代初期には永井広秀(永井大膳大夫)が居城とした。片倉城の支城であり、片倉城主の長井氏からの分かれ。
津久井城〒220-0203 神奈川県相模原市津久井町根小屋築井城、根小屋城ともいう。鎌倉時代に三浦氏の一族津久井爲行が築城。応永年間(1394〜1428年)に長山忠好(長山修理亮)が居城とした。長尾景春の家臣本間近江守三浦義同らが居城とした。戦国時代には内藤氏が居城とした。
守屋城〒252-0153 神奈川県相模原市緑区根小屋天正年間(1573〜1592年)に津久井衆36騎に数えられた守屋行広(守屋左太夫)が居城とした。徳川家康の代になってから守屋行広守屋行昌父子が居城とした。
殿丸城〒252-0141 神奈川県相模原市緑区相原藍原孝遠(藍原二郎)の居城。
陣場山城〒252-0182 神奈川県相模原市緑区澤井陣張山城、萱刈場山城ともいう。
鷹取山城〒252-0182 神奈川県相模原市緑区澤井 
仙洞寺山城〒252-0156 神奈川県相模原市緑区青山仙洞寺山烽火台ともいう。
又野城〒220-0208 神奈川県相模原市津久井町又野又野山城ともいう。
田名城〒229-1124 神奈川県相模原市田名田名堀ノ内城ともいう。田名氏の城。横山時広の次男横山広季田名二郎兵衛を名のったことにはじまる。
当麻城〒229-0016 神奈川県相模原市当麻鎌倉時代に当麻太郎が築城。戦国時代には当麻三人衆が当麻一帯を領した。天正年間(1573〜1592年)には当麻豊後守の居城。
下溝城〒229-0015 神奈川県相模原市下溝下溝堀内城、下溝堀ノ内城ともいう。戦国時代に北條氏照が築城。北條氏照の娘婿山中大炊助が城代をつとめた。
淵野辺城〒252-0202 神奈川県相模原市中央区淵野辺本町淵辺城ともいう。南北朝時代に淵辺義博(淵辺伊賀守)が居城。建武2年(1335年)に淵辺義博護良親王を殺害している。
矢部城〒252-0201 神奈川県相模原市中央区上矢部上矢部城ともいう。鎌倉時代初期に武蔵横山党の横山孝兼の孫横山義兼が築城し矢部氏を称した。建保元年(1213年)に和田義盛の乱で和田氏に与して敗死した。
磯部城〒228-0827 神奈川県相模原市磯部文明9年(1477年)に築城されたという。
細野城〒243-0307 神奈川県愛甲郡愛川町半原永禄年(1557〜1570年)に内藤定行(内藤三郎兵衛)が築城。永禄12年(1569年)には内藤秀勝内藤秀行父子が領していた。三増峠合戦では戦地となった。
田代城〒243-0306 神奈川県愛甲郡愛川町田代田城古城、田代山城ともいう。弘治年間(1555〜1558年)に内藤秀勝(内藤下野守)が築城。内藤秀勝内藤秀行(内藤三郎兵衛)らが在城。三増峠合戦で落城。
小沢城〒243-0301 神奈川県愛甲郡愛川町角田文明9年(1477年)に長尾景春の家臣金子掃部助が居城とした。金子掃部助太田道灌と戦うが破れ、自害した。
小沢古城〒243-0301 神奈川県愛甲郡愛川町角田鎌倉時代に小沢氏が築城。武蔵七党の横山党に属した小沢氏は、一族の田名氏や小倉氏とともに津久井郡や愛甲郡を地盤に勢力を保持。
諏訪城〒243-0303 神奈川県愛甲郡愛川町中津 
中津太田城〒243-0303 神奈川県愛甲郡愛川町中津太田吉正(太田善太夫)が陣城とした。
深見城〒242-0011 神奈川県大和市深見一ノ関城、城ヶ岡城ともいう。享徳4年(1452年)には山田経光(山田伊賀守)が城主であった。
和田城〒242-0014 神奈川県大和市上和田大和田城、上和田城、上和田山城、上和田城山ともいう。
下鶴間城〒242-0001 神奈川県大和市下鶴間鶴間城ともいう。山中貞信(山中貞住)の居城。
座間城〒228-0024 神奈川県座間市入谷文明年間(1469〜1487年)に白井是房(白井織部)が築城。戦国時代にも白井是房の活躍がみられる。
星谷城〒228-0024 神奈川県座間市入谷星谷寺城ともいう。天正年間(1573〜1592年)に北條氏照が築城。
上依知城〒243-0801 神奈川県厚木市上依知峯ヶ谷戸城ともいう。
三田城〒243-0211 神奈川県厚木市三田依知城ともいう。依知弾正忠(越智弾正忠)の城。
山中城〒243-0203 神奈川県厚木市下荻野荻野山中城ともいう。天明3年(1783年)に大久保教翅が築城。
用田城〒243-0203 神奈川県厚木市下荻野平安時代末期に平景通を祖とする荻野忠義(荻野四郎)が居城とした。
法界寺城〒243-0203 神奈川県厚木市下荻野土屋豊前守の居城。
荻野城〒243-0201 神奈川県厚木市上荻野文禄4年(1595年)に松田康長の子松田直長が築城。
古沢堀ノ内城〒243-0215 神奈川県厚木市上古沢永島館ともいう。永島藤六郎の居館。
垣戸城〒243-0214 神奈川県厚木市下古沢下古沢城、板倉館、古沢山城、龍栖寺城ともいう。戦国時代に北條家臣板倉新次郎板倉修理亮父子が居館とした。
毛利城〒243-0214 神奈川県厚木市下古沢鎌倉時代に毛利季光が築城。鎌倉幕府御家人として重用された大江広元の四男毛利季光は相模国毛利庄を領し毛利氏を称した。安芸国吉田荘の地頭職に任じられ小早川氏や吉川氏とともに安芸国へ移住。
愛名城〒243-0038 神奈川県厚木市愛名北條家臣清水弥左衛門が領していた。徳川氏の時代には跡部氏の城。武田遺臣跡部正次が居城とした。跡部正次の子跡部重員が慶長14年(1609年)以降居城としている。
岡津古久城〒243-0126 神奈川県厚木市岡津古久扇谷上杉氏が築城。
七沢城〒243-0121 神奈川県厚木市七沢七沢要害城ともいう。室町時代に上杉氏が築城。扇谷上杉朝昌の居城。宝徳2年(1450年)に鎌倉公方足利成氏と争った上杉憲忠が籠城。長亨2年(1488年)には山内上杉顕定が1000余騎を率いて来襲。扇谷上杉定正は200騎余の手勢で上杉顕定軍を打破した。上杉定正の兄上杉朝昌は討死。上杉憲勝が城主となるが、永禄5年(1562年)には北條氏康が攻め落とした。
本間城〒243-0807 神奈川県厚木市金田 
戸田堀ノ内城〒243-0023 神奈川県厚木市戸田富田城、加賀城、加賀屋敷ともいう。
愛甲城〒243-0035 神奈川県厚木市愛甲平安時代末期に愛甲氏が築城。鎌倉時代に源頼朝の家臣で弓の名手愛甲季隆(愛甲三郎)が居城とした。元久2年(1205年)に北條時政に従い二俣川合戦で畠山重忠を射抜き倒している。
頓原城〒243-0022 神奈川県厚木市酒井山角勝長(山角次郎右衛門)の居城。
石田城〒259-1116 神奈川県伊勢原市石田平安末期に三浦義継の子三浦為久が石田城を築き石田姓を名のった。元暦元年(1184年)に石田為久は近江粟津原合戦で木曽義仲を弓でしとめた。
糟屋城〒259-1143 神奈川県伊勢原市下糟屋糟谷城、丸山城ともいう。鎌倉時代に横山党一族の糟屋有季が居城とした。糟屋氏は駿河国へ多くが移住。天文20年(1551年)に渡辺石見守が居城とした。
上糟屋城〒259-1141 神奈川県伊勢原市上粕屋太田道灌が亡くなった居城といわれている。
平間城〒259-1125 神奈川県伊勢原市下平間北條家臣桜井蓮俊(桜井伯耆守)が守った。永禄5年(1562年)に桜井蓮俊は隆安寺を開基。桜井蓮俊は天正19年(1591年)に没している。
岡崎城〒259-1135 神奈川県伊勢原市岡崎無量寺城ともいう。平安時代末期に三浦氏の一族岡崎義実(岡崎四郎)が築城。岡崎義実の後に家督を継いだ岡崎実忠は一門の和田義盛の乱に加担し討死。
海老名城〒243-0433 神奈川県海老名市河原口府中城、海老名館ともいう。村上源氏の後裔海老名氏の城。武蔵国横山党から養子を迎え海老名季兼が家督を相続。本間氏・荻野氏・糟屋氏らを分布。平安時代に海老名季貞(海老名源八郎)が源氏に属して転戦。
今泉城〒243-0431 神奈川県海老名市上今泉海老名氏の居城。室町時代には足利基氏に従い、永禄10年(1438年)に今川氏、武田氏、小笠原氏と箱根早川尻で戦い惨敗。滅亡した。
国分城〒243-0405 神奈川県海老名市国分南海老名氏一族の国分有季(国分三郎)が居城とした。
中土合城〒243-0414 神奈川県海老名市杉久保大貫氏の居城。恩馬氏の居館も近くにある。
恩馬城〒243-0414 神奈川県海老名市杉久保鍛冶ヶ谷戸城ともいう。渋谷重国の三男恩馬時国(恩馬三郎)の居城。
大谷坊原城〒243-0418 神奈川県海老名市大谷南渋谷庄司渋谷重国の嫡男渋谷光重は吉岡城主。渋谷光重の四男渋谷重茂(大谷四郎)が居城とした。渋谷重茂は薩摩鶴田氏の祖となった。
中新田城〒243-0422 神奈川県海老名市中新田永享10年(1438年)に大島義金大島正時父子が居館とした。
高木城〒243-0422 神奈川県海老名市中新田1525年生まれ高木清秀は徳川十六神将の1人に数えられる。織田信長家臣として今川義元らと戦い、水野信元に仕えた後、佐久間信盛に属した。佐久間信盛が蟄居なった後、天正10年(1582年)に徳川氏に仕官。徳川家康の関東入封により、相模国などに5千石を拝領。
上浜田城〒243-0412 神奈川県海老名市浜田町南北朝時代に大谷氏が築城。
早川城〒252-1123 神奈川県綾瀬市早川渋谷氏の居城。平安時代末期に渋谷重国が築城。戦国時代には渋谷氏庶流の石川重久が居城とした。
新堀淵丸山城〒252-1123 神奈川県綾瀬市早川 
曾司城〒252-1123 神奈川県綾瀬市早川祖師谷城ともいう。渋谷重国の五男渋谷定心の居城。
天台城〒252-1137 神奈川県綾瀬市寺尾台天台物見砦、天台寺尾城ともいう。
落合城〒252-1115 神奈川県綾瀬市落合南鎌倉時代に落合重貞(落合六郎)が居城とした。
吉岡城〒252-1125 神奈川県綾瀬市吉岡東鎌倉時代に渋谷光重が居館とした。
恩田城〒227-0065 神奈川県横浜市青葉区恩田町恩田堀内城、恩田堀ノ内城ともいう。
石丸城〒227-0036 神奈川県横浜市青葉区奈良町正保年間(1644〜1648年)に石丸石見守の陣城。
長津田城〒226-0026 神奈川県横浜市緑区長津田町 
鴨居城〒226-0004 神奈川県横浜市緑区鴨居町 
川井御殿丸城〒241-0806 神奈川県横浜市旭区下川井町小高御殿丸城ともいう。
倉林城〒241-0806 神奈川県横浜市旭区下川井町戦国時代に倉林五郎左衛門が築城。
阿久和城〒246-0023 神奈川県横浜市瀬谷区阿久和東徳川家臣安藤正珍(安藤治右衛門)の居城。
今井城〒240-0035 神奈川県横浜市保土ケ谷区今井町徳川家臣有田吉貞(有田九郎兵衛)は北西に今井殿山城を築城している。
今井殿山城〒240-0035 神奈川県横浜市保土ケ谷区今井町江戸時代初期に有田氏が築城。
市沢城〒240-0041 神奈川県横浜市保土ケ谷区東川島町中田加賀守屋敷ともいう。中田加賀守山川清九郎が居城とした。
星川城〒240-0006 神奈川県横浜市保土ケ谷区星川六郷加賀守の居城。
蒔田城〒232-0043 神奈川県横浜市南区蒔田町蒔田御所、吉良氏館ともいう。北條氏綱の娘婿吉良頼康の居城。
三春台太田城〒232-0002 神奈川県横浜市南区三春台太田道灌が築城。桜井氏の居城。
垣内堀ノ内城〒232-0042 神奈川県横浜市南区堀ノ内町石川城、堀ノ内城、宝生寺城ともいう。鎌倉時代に石川経長(石川二郎)が築城。
宝林寺城〒232-0071 神奈川県横浜市南区永田北永田城ともいう。肥田中務丞の居城。
本牧山城〒231-0843 神奈川県横浜市中区本郷町橋本伊賀守が居城とした。
宝勝寺城〒235-0043 神奈川県横浜市磯子区氷取沢町北條家臣間宮綱信の居城。北條氏滅亡後も仕官を拒否し、間宮綱信の子間宮重信だけは徳川氏に従った。
滝頭城〒235-0011 神奈川県横浜市磯子区丸山丸山城、玄蕃城ともいう。平子玄蕃の居城。
平子城〒235-0012 神奈川県横浜市磯子区滝頭 
磯子城〒235-0016 神奈川県横浜市磯子区磯子平子平右馬允屋敷ともいう。平子氏の居城。
森城〒235-0023 神奈川県横浜市磯子区森間宮康俊(間宮豊前守)の居城。間宮康俊(間宮豊前守)の孫間宮直元は徳川氏に従い大阪冬の陣で戦死。間宮直元の弟間宮直次は幕臣となった。
杉田城〒235-0033 神奈川県横浜市磯子区杉田 
八幡山城〒235-0014 神奈川県横浜市磯子区中浜町 
真南台城〒234-0051 神奈川県横浜市港南区日野金井陣屋、織部屋敷ともいう。
日野斎田城〒234-0051 神奈川県横浜市港南区日野源頼朝の家臣斎田左衛門の居館。
野庭関城〒234-0056 神奈川県横浜市港南区野庭町 
笹山城〒233-0012 神奈川県横浜市港南区上永谷 
永谷城〒233-0012 神奈川県横浜市港南区上永谷藤原乗国の居城。室町時代には上杉憲忠が居城とした。
松本城〒233-0003 神奈川県横浜市港南区港南 
笹下城〒234-0052 神奈川県横浜市港南区笹下間宮氏笹下本城、間宮豊前守陣屋、篠笥城、佐々木城ともいう。天正18年(1590年)に間宮康俊(間宮豊前守)は伊豆山中城で戦死。
青ヶ台城〒236-0042 神奈川県横浜市金沢区釜利谷東青ヶ城ともいう。元弘元年(1331)年に幕府軍として後醍醐天皇と戦った金沢貞顕(金沢右馬助)の居城。元弘3年(1333)年に新田義貞に従い北條高時を攻めた金沢貞将は討死。
伊丹城〒236-0042 神奈川県横浜市金沢区釜利谷東堀ノ内城、釜利谷堀ノ内城、坂本城ともいう。伊丹右衛門太夫の居城。伊勢盛時(北條早雲)に仕えた伊丹氏が居城とした。
富岡城〒236-0052 神奈川県横浜市金沢区富岡西文禄3年(1594)年に徳川家康に従った豊島明重(豊島刑部少輔)の城。
町屋城〒236-0022 神奈川県横浜市金沢区町屋町町屋陣城ともいう。
御茶山城〒236-0031 神奈川県横浜市金沢区六浦瀬戸城ともいう。江戸時代には米倉昌尹(米倉丹後守)が陣城としている。
中和田城〒245-0016 神奈川県横浜市泉区和泉町泉小次郎親衡館ともいう。北信濃の豪族泉親衡(泉小次郎)の居館。建保元年(1213年)2月に源頼家の遺児源千寿を擁立し、執権北條義時打倒を目論むが失敗。
鍋屋佐婆城〒245-0016 神奈川県横浜市泉区和泉町鯖城、佐波城、鯖明城ともいう。清水六郎左衛門が居城とした。
四ツ谷城〒245-0016 神奈川県横浜市泉区和泉町江戸時代初期に松平昌吉(能見昌吉)が居城とした。
岡津城〒245-0003 神奈川県横浜市泉区岡津町戦国時代に扇谷上杉朝良が居城とした。
富士塚城〒245-0017 神奈川県横浜市泉区下飯田町飯田五郎家義館ともいう。飯田家義(飯田五郎)の居館。
中田石巻城〒245-0011 神奈川県横浜市泉区中田町 
柏尾城〒244-0812 神奈川県横浜市戸塚区柏尾町江戸時代初期に植村正勝(植村庄右衛門)が居城とした。
汲沢畠山城〒245-0062 神奈川県横浜市戸塚区汲沢町六郎丸城ともいう。正治年間(1199〜1201年)に鎌倉幕府の臣畠山重忠(畠山次郎)の子畠山重保(畠山六郎)が築城。元久2年(1205年)年6月、畠山重保は政治抗争で佐久満太郎に殺害された。
俣野永井城〒245-0065 神奈川県横浜市戸塚区東俣野町永井監物館ともいう。俣野景久(俣野五郎)の居館。後に横山氏、永井氏らが居館とした。慶長元年(1596年)、東俣野を領した徳川家康の家臣永井白元(永井弥右衛門)が陣城として築城。
俣野城〒245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町石橋山合戦で源頼朝と戦った俣野景久(俣野五郎)の居館。
俣野戸之久保城〒245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町横山大膳の居城。
俣野堀込城〒245-0065 神奈川県横浜市戸塚区東俣野町 
上矢部堀之内城〒245-0053 神奈川県横浜市戸塚区上矢部町福泉寺城ともいう。徳川家臣石川重政(石川四郎左衛門)が居城とした。
矢部城〒244-0002 神奈川県横浜市戸塚区矢部町竹下城、竹の下城、竹下小次郎館ともいう。応永年間(1394〜1428年)に三浦一族竹下小次郎が居城とした。
小雀城〒244-0004 神奈川県横浜市戸塚区小雀町杉浦勝吉館ともいう。三浦氏一族の杉本氏が徳川氏に与えられた。杉本氏は三浦氏の一字をとって杉浦勝吉(杉浦八郎五郎)と称した。
倉田城〒244-0816 神奈川県横浜市戸塚区上倉田町蔵田城、倉田堀内城、倉田堀ノ内城ともいう。實方氏の居城。
井出城〒244-0842 神奈川県横浜市栄区飯島町飯島井出城、飯島殿谷城ともいう。井出兵部丞の居城。
小菅ヶ谷城〒247-0001 神奈川県横浜市栄区小菅ケ谷町 
東谷山城〒247-0003 神奈川県横浜市栄区鍛冶ケ谷町鍛冶ヶ谷城ともいう。源頼朝の家臣斎田左衛門の居城。
長尾城〒244-0843 神奈川県横浜市栄区長尾台町長尾館、長尾砦、長尾台塁ともいう。平安時代末期に長尾景弘が築城。治承8年(1180年)8月に長尾為宗長尾宗景兄弟は大庭景親に従い源頼朝と石橋山で戦い打破。戦国時代に北條氏の玉縄城の出城として鳥居伝十郎が守備。
金井堀内城〒244-0845 神奈川県横浜市栄区金井町 
長沼城〒244-0841 神奈川県横浜市栄区長沼町源頼朝の家臣長沼五郎の城。
公田城〒247-0014 神奈川県横浜市栄区公田町 
加佐間山城〒247-0006 神奈川県横浜市栄区笠間町笠間山城、笠間城ともいう。松田左馬助の城。
衣笠城〒238-0025 神奈川県横須賀市衣笠町平安時代末期に村岡為通が築城。三浦氏を称した。
大矢部城〒238-0024 神奈川県横須賀市大矢部鎌倉時代に和田義盛の三男朝比奈義秀が築城。
小矢部城〒238-0026 神奈川県横須賀市小矢部平安時代末期に三浦氏が築城。衣笠城の支城。
浦賀城〒239-0821 神奈川県横須賀市東浦賀明神山城、東林寺城ともいう。三浦道寸が築城。
芦名城〒240-0104 神奈川県横須賀市芦名芦名館ともいう。平安時代末期に三浦義明の弟芦名為清が築城。
大多和城〒238-0311 神奈川県横須賀市太田和太田和城、矢城、矢山城、矢城山城ともいう。平安時代末期に三浦義明の三男大多和義久(大多和三郎)が築城。
佐原城〒239-0835 神奈川県横須賀市佐原平安時代末期に三浦義明の子佐原義連が築城。
長井城〒238-0316 神奈川県横須賀市長井長井館、荒崎城ともいう。平安時代末期に三浦義明の五男長井義季が築城。
怒田城〒239-0829 神奈川県横須賀市若宮台沼田城、奴田城ともいう。平安時代末期に三浦為継が築城。岡崎義実杉本義宗らが城主をつとめた。
鐙摺城〒240-0112 神奈川県三浦郡葉山町堀内軍見山城、旗立山城、堀内城ともいう。三浦義澄畠山重忠との戦いで籠城した。伊勢盛時に攻められた三浦義同が物見として使用したことで軍見山城ともいう。
長柄城〒240-0113 神奈川県三浦郡葉山町長柄殿ヶ谷城、福巌寺城ともいう。平安時代末期に長柄義景が築城。
和田城〒238-0114 神奈川県三浦市初声町和田和田館ともいう。三浦義明の孫和田義盛が築城。父杉本義宗の杉本城を出て16歳で和田城を築城。
三崎城〒238-0235 神奈川県三浦市城山町三浦城、宝蔵寺城、北條山城ともいう。永正9年(1512年)に三浦家臣出口茂忠が城主。
新井城〒238-0225 神奈川県三浦市三崎町小網代鎌倉時代に三浦氏が築城。三浦時高は子に恵まれず上杉持朝の孫上杉義同を養子に迎えた。ところが晩年に実子三浦高教が生まれ家督争いとなる。明応3年(1494年)に三浦義同は母の実家小田原城主の大森氏の援助を得て新井城を攻め三浦時高三浦高教父子を討ちとった。三浦義同は長男三浦義意を新井城主とし岡崎城を拠点に勢力を拡げた。大森氏を打破した伊勢盛時と敵対し、永正9年(1512年)に岡崎城を落とされ住吉城に退き、住吉城も落とされると新井城に籠城した。永正13年(1516年)に兵糧も底を尽き三浦父子は討死。
住吉城〒249-0008 神奈川県逗子市小坪住吉要害、住吉要害城、住吉山城、要害山城ともいう。鎌倉時代に北條氏が築城。永正9年(1512年)に伊勢盛時に敗れた三浦義同が籠城するが伊勢盛時に攻められ落城。三浦義同は新井城へ敗走。
鎌倉城〒248-0006 神奈川県鎌倉市小町 
宝戒寺城〒248-0006 神奈川県鎌倉市小町鎌倉時代に渋谷昌俊(渋谷金王丸/土佐坊昌俊)が築城。
畠山城〒248-0005 神奈川県鎌倉市雪ノ下鎌倉時代に坂東平氏の流れをくむ秩父氏の畠山重忠が築城。畠山重忠畠山重保父子は源頼朝の重臣。北條義時の大軍と戦い討死。
比企城〒248-0007 神奈川県鎌倉市大町妙本寺城ともいう。鎌倉時代に比企能員が築城。比企能員北條時政に謀殺された。
杉本城〒248-0002 神奈川県鎌倉市二階堂平安時代末期に三浦義明の長男杉本義宗が築城。延元2年(1337年)に北畠顕家が杉本城の斯波家長を討っている。
犬懸城〒248-0003 神奈川県鎌倉市浄明寺上杉憲藤の子上杉朝宗、さらに上杉朝宗の子上杉氏憲ら犬懸管領の居城。
玉縄城〒247-0074 神奈川県鎌倉市城廻甘縄城、玉の輪城ともいう。永正9年(1512年)に伊勢盛時が築城。大永6年(1526年)に安房国から里見氏が来襲。北條氏時が撃退した。
二伝寺砦〒251-0011 神奈川県藤沢市渡内相模陣城ともいう。玉縄城の支城。
村岡城〒251-0012 神奈川県藤沢市村岡東高谷砦、高谷城ともいう。坂東平氏の源流。村岡良文(村岡五郎)の居城。
大谷城〒251-0004 神奈川県藤沢市藤が岡御幣山城ともいう。戦国時代に北條家臣大谷公嘉(大谷帯刀左衛門)が築城。永禄12年(1569年)に武田晴信が侵攻してきたときには大谷公嘉は小田原城に在城。大谷城は落城。天正18年(1590年)には大谷公嘉は上野国西牧城を守備し討死。
大塚城〒251-0004 神奈川県藤沢市藤が岡大塚烽火台ともいう。
城神城〒251-0057 神奈川県藤沢市城南大庭館、大庭南城ともいう。鎌倉時代に三浦義村が居館とした。戦国時代には北條綱成の弟福島勝広が居城とした。
柏山城〒251-0057 神奈川県藤沢市城南大庭家臣吉田景房(吉田将監)の居館。
大庭城〒251-0861 神奈川県藤沢市大庭平安時代には大庭御厨と称された地。鎌倉景正(鎌倉権五郎)の流れをくむ大庭景宗が築城。坂東平氏の中心的存在として湘南一帯に勢力を増大させた。室町時代には扇谷上杉氏上杉定正の支配下となるが、戦国時代には伊勢盛時が攻略した。
御殿辺城〒251-0052 神奈川県藤沢市藤沢御座所、妙善寺城、藤沢城ともいう。白旗神社、御殿辺公園、妙善寺などの一帯がかつての御殿とされる。
長後渋谷城〒252-0801 神奈川県藤沢市長後天満宮城ともいう。渋谷氏の城。秩父基家(秩父六郎)が居城とした。
懐嶋城〒253-0084 神奈川県茅ケ崎市円蔵大庭景義(懐嶋景義)の居館。大庭景義には大庭景親俣野景久ら弟がいる。戦国時代には近藤孫太郎が拝領していた。
一之宮城〒253-0111 神奈川県高座郡寒川町一之宮梶原城、一宮城、一宮館、梶原景時館ともいう。平安時代末期に梶原景時が築城。
真田城〒259-1206 神奈川県平塚市真田実田城、実田要害、天徳寺城ともいう。三浦氏一族岡崎義実の嫡男岡崎義忠が大住郡真田に本拠をおき真田与一と名のった。真田義忠源頼朝に従い石橋山合戦で討死すると真田義忠の子岡崎盛実が真田城主となった。明応4年(1495年)に伊勢盛時が来襲すると大森藤頼は小田原から退き真田古城を修築し入城したが、3年後に落城。
岡崎城〒259-1212 神奈川県平塚市岡崎 
矢崎城〒259-1212 神奈川県平塚市岡崎大森氏頼居館、紫雲寺城ともいう。知勇兼備の大森氏頼(大森信濃守/大森寄栖庵)の居城。大森氏頼が明応3年(1494年)に没するまでは幾度となく伊勢盛時を迎撃してきた。
城所城〒254-0005 神奈川県平塚市城所城所館ともいう。鎌倉時代に糟屋盛久の四男城所盛直が築城。南北朝時代には足利尊氏に従い城所正揚城所直賢父子が活躍。三河国市場城へ移住。
真土城〒254-0018 神奈川県平塚市東真土杉浦藤左衛門が居城とした。
平塚城〒254-0064 神奈川県平塚市達上ケ丘室町時代に大森伊豆守が築城。
田村城〒254-0013 神奈川県平塚市田村 
真芳寺城〒254-0012 神奈川県平塚市大神 
山下城〒254-0911 神奈川県平塚市山下住吉要害城ともいう。
公所堀ノ内城〒254-0906 神奈川県平塚市公所端山大藤氏の城。
金目城〒259-1201 神奈川県平塚市南金目北條家臣藤間豊後守の居城。
土屋城〒259-1205 神奈川県平塚市土屋土屋館ともいう。平安時代末期に土屋宗遠(土屋三郎)が築城。坂東平氏一門の中村宗平の三男土屋宗遠には兄に土肥実平(土肥次郎)らがいる。
中原御殿城〒254-0061 神奈川県平塚市御殿御鷹野御殿城、雲雀野御殿城ともいう。
高麗山城〒255-0001 神奈川県中郡大磯町高麗高麗寺山城ともいう。
天王山城〒255-0003 神奈川県中郡大磯町大磯 
玉城山城〒255-0003 神奈川県中郡大磯町大磯 
小磯城〒255-0005 神奈川県中郡大磯町西小磯 
中村城〒259-0124 神奈川県中郡二宮町山西中村民部少輔の居城。
今泉城〒257-0014 神奈川県秦野市今泉 
柳川堀ノ内城〒259-1334 神奈川県秦野市柳川遠山左衛門の居城。
波多野城〒257-0023 神奈川県秦野市寺山秦野城ともいう。
浄円寺城〒257-0015 神奈川県秦野市平沢文明2年(1470年)に和田石見守が築城。和田兵庫助和田石見守父子は伊勢盛時に仕えた。
鴨沢城〒259-0147 神奈川県足柄上郡中井町鴨沢鴨沢要害山城、中村要害城ともいう。永正5年(1508年)に三浦義同が築城し、伊勢盛時と戦った。三浦家臣武和泉守が守備した。
床城〒259-0144 神奈川県足柄上郡中井町半分形戦国時代に伊勢盛時が築城。三浦義同と戦った。
松田城〒258-0004 神奈川県足柄上郡松田町松田庶子平安時代に波多野義通の長男松田義常(松田右馬允)が築城。松田義常源頼朝に敗れ、子の松田有常大庭景義に匿われていた。戦国時代になると扇谷上杉氏の勢力下にあり、大森氏に圧迫を受けていた松田頼重はいち早く伊勢盛時に与して重臣となった。
河村城〒258-0113 神奈川県足柄上郡山北町山北戸張城、猫山城、根古屋城ともいう。平安時代末期に波多野遠義の次男河村秀高が築城。永享10年(1438年)に足利持氏に与した大森憲頼が河村城を攻め落とした。
河村新城〒258-0124 神奈川県足柄上郡山北町川西新庄城、川西城、新域城、峯城ともいう。戦国時代に伊勢盛時が築城。甲斐武田氏に対する備えとしての役割を担う。永禄12年(1569年)に武田晴信によって落城している。
中川城〒258-0201 神奈川県足柄上郡山北町中川河村氏が築城。
湯ノ沢城〒258-0201 神奈川県足柄上郡山北町中 
鐘ヶ塚城〒258-0122 神奈川県足柄上郡山北町都夫良野 
阿弥陀尾城〒258-0115 神奈川県足柄上郡山北町谷ケ  
荒井城〒259-0201 神奈川県足柄下郡真鶴町真鶴平安時代末期に荒井実継が築城。鎌倉御家人の土肥氏が居城とし、戦国時代には北條氏が烽火台として使用した。
湯坂城〒250-0311 神奈川県足柄下郡箱根町湯本 
宮城野城〒250-0401 神奈川県足柄下郡箱根町宮城野 
鷹ノ巣城〒250-0406 神奈川県足柄下郡箱根町小涌谷鷹巣山城ともいう。
進士ヶ城〒250-0522 神奈川県足柄下郡箱根町元箱根 
土肥城〒259-0303 神奈川県足柄下郡湯河原町土肥土肥堀ノ内城、城願寺城ともいう。坂東平氏の流れをくむ中村宗平の次男土肥実平(土肥次郎)が築城。
土肥山城〒259-0304 神奈川県足柄下郡湯河原町宮下平安時代末期に土肥氏が築城。
浜居場城〒250-0131 神奈川県南足柄市内山室町時代に大森寄栖庵が築城。
春日山城〒250-0131 神奈川県南足柄市内山鵜頚城ともいう。室町時代に駿河国から移住してきた大森氏が築城。大森家臣室伏義安(室伏土佐守)が城主。
岩原城〒250-0113 神奈川県南足柄市岩原室町時代に大森頼春(大森信濃守)が築城。大森頼明の代に駿河国から移住。応永23年(1416年)の上杉禅秀の乱で足利持氏に与した戦功により相模国足柄郡に所領を与えられた。大森頼春の子大森氏頼は名称として知られ小田原を拠点とし勢力を保持。文明10年(1478年)に大森氏頼は嫡男大森実頼に家督を譲り岩原城に隠居。
足柄城〒250-0136 神奈川県南足柄市矢倉沢矢倉沢定山城、矢倉沢山城ともいう。天文5年(1536年)の今川氏輝死去による今川家の家督争いで、今川氏と北條氏との親密な関係が崩れ花倉の乱が勃発。甲斐や駿河への防御として大改修された。
苅野城〒250-0135 神奈川県南足柄市苅野苅野丸山、丸山城ともいう。戦国時代に松田憲秀が築城。
沼田山城〒250-0115 神奈川県南足柄市沼田沼田城ともいう。平安時代末期に沼田波多野氏の沼田家通が築城。応永23年(1416年)には上杉禅秀の乱で上杉禅秀に与したために足利持氏に所領を没収され、大森頼春に与えられた。
道場山城  
押切城〒256-0804 神奈川県小田原市羽根尾 
曽我城〒250-0206 神奈川県小田原市曽我原平安時代末期に曽我祐家が築城。千葉常将の子曽我恒信が移住し、曽我恒信の子曽我祐家が築城。曽我祐家の子曽我祐信河津祐泰の子を2人引きとる。河津祐泰工藤祐経に射殺されている。曽我祐成(曽我十郎)曽我時致(曽我五郎)ら兄弟は父の仇工藤祐経を討つが仁田忠常に兄弟とも討たれている。曽我氏は室町時代には大森氏に従い、戦国時代には北條氏に属した。永禄2年(1559年)に北條氏康に攻められ曽我祐氏父子は自害した。
小田原城〒250-0014 神奈川県小田原市城内小峯城ともいう。土肥実平の嫡男小早川遠平が築城。応永24年(1417年)に大森頼春が「上杉禅秀の乱」での功によって小田原を与えられ本格的に築城。
石垣山城〒250-0021 神奈川県小田原市早川笠懸山城、石垣山一夜城ともいう。小田原城を防備するために大森氏が築城。豊臣秀吉が小田原征伐の際に補強した。
笠懸山城〒250-0021 神奈川県小田原市早川豊臣秀吉が石垣山城を築城する前身で笠懸山城や松山城といった大森氏が築城した山城が並ぶ。
板橋城〒250-0034 神奈川県小田原市板橋富士山城、細川城ともいう。戦国時代に北條氏が築城。小田原征伐で細川忠興が攻め落とし陣城とした。
大友城〒250-0213 神奈川県小田原市東大友大友館ともいう。鎌倉時代に藤原氏の近藤能成の子大友能直が築城。大友能直源頼朝の命により奥州に出陣し、豊前国と豊後国の守護として豊後国へ赴任。戦国時代には大友宗麟を排出した。
塔ノ峰城〒250-0031 神奈川県小田原市入生田 
多古城〒250-0054 神奈川県小田原市多古戦国時代に大森氏が築城。織田信雄が小田原征伐で陣城とした。
御所山城〒250-0024 神奈川県小田原市根府川 
下堀城〒250-0871 神奈川県小田原市下堀下堀方形城ともいう。戦国時代に甲斐武田家臣の志村氏が築城。武田晴信の命により志村氏と原氏が北條氏に対する備えとして駿河国に赴任。武田家臣に志村貞盈がおり長篠合戦で山縣昌景の首を敵に奪われずに甲斐国へ持ち帰っている。武田氏滅亡後は志村氏は北條氏に従った。
久野城〒250-0055 神奈川県小田原市久野久野館、幻庵屋敷ともいう。戦国時代に北條幻庵が築城。
今井城〒250-0002 神奈川県小田原市寿町 
荻窪山城〒250-0042 神奈川県小田原市荻窪日向陣城、日影陣城ともいう。
水之尾城〒250-0033 神奈川県小田原市水之尾 
 城  

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