小助官兵衛の戦国史シナリオ/小助官兵衛の戦国史に登場する城郭一覧

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小助官兵衛の戦国史に登場する城郭一覧です。
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 信濃若狭淡路隠岐  
   丹波   
   丹後   
   但馬   

【日向国】
赤花城〒889-4161 宮崎県えびの市岡松 
柿ノ木城〒889-4221 宮崎県えびの市栗下 
金丸城〒889-4301 宮崎県えびの市原田 
加久藤城〒889-4222 宮崎県えびの市小田久藤城、覚頭城ともいう。応永年間(1394〜1428年)に北原氏が築城。永禄7年(1564年)に島津義弘が城を改修。北原氏を伊集院に移封し、老臣川上忠智を配置した。
古城〒889-4304 宮崎県えびの市上江 
田之上城〒889-4304 宮崎県えびの市上江 
馬関田城〒889-4165 宮崎県えびの市西川北 
溝園城〒889-4232 宮崎県えびの市西長江浦 
飯野城〒889-4314 宮崎県えびの市大河平亀城ともいう。永暦元年(1160年)に日下部重貞が築城。戦国時代には北原氏が居城とした。
大河平城〒889-4314 宮崎県えびの市大河平 
小城〒889-4311 宮崎県えびの市大明司 
宮之城〒889-4311 宮崎県えびの市大明司 
平城〒889-4311 宮崎県えびの市大明司 
見吉城〒889-4152 宮崎県えびの市島内 
徳満城〒889-4244 宮崎県えびの市東川北 
小屋敷城〒889-4231 宮崎県えびの市東長江浦 
畑田城〒889-4231 宮崎県えびの市東長江浦 
古城〒889-4154 宮崎県えびの市柳水流 
浦尻城〒882-0095 宮崎県延岡市浦城町 
井上城〒882-0837 宮崎県延岡市古城町縣土持氏の居城。永享元年(1429年)に土持全宣が西階城を築いて居城を移すまでの本拠。
松尾城〒882-0062 宮崎県延岡市松山町文安3年(1446年)に土持宣綱が築城。
西階城〒882-0804 宮崎県延岡市西階町宝坂城ともいう。永享元年(1429年)に土持全宣が築城。
天下城〒882-0071 宮崎県延岡市天下町 
牧之城〒889-0101 宮崎県延岡市北川町川内名 
川坂城〒889-0102 宮崎県延岡市北川町長井 
竹瀬城〒889-0102 宮崎県延岡市北川町長井 
延岡城〒882-0812 宮崎県延岡市本小路県城、亀井城ともいう。慶長8年(1603年)に高橋元種が県城を大改修。
清武城〒889-1605 宮崎県宮崎郡清武町加納文和年間(1352〜1356年)に清武氏が築城。
穆佐城〒880-2214 宮崎県宮崎市高岡町小山田元弘年間(1331〜1334年)に足利尊氏が築城。文安2年(1445年)に伊東氏が落とし落合治部少輔を配置。以後伊東氏が豊後に逃れるまで伊東氏48支城の1つとなった。
高岡城〒880-2321 宮崎県宮崎市高岡町内山慶長5年(1600年)に島津義弘が築城。
飯田城〒880-2224 宮崎県宮崎市高岡町飯田 
広瀬城〒880-0211 宮崎県宮崎市佐土原町下田島 
諏訪城〒880-0212 宮崎県宮崎市佐土原町下那珂 
佐土原城〒880-0301 宮崎県宮崎市佐土原町上田島鶴松城、田島之城ともいう。建武年間(1334〜1338年)に田島氏が築城。
内城〒880-0303 宮崎県宮崎市佐土原町東上那珂 
倉岡城〒880-2231 宮崎県宮崎市糸原 
紫波洲崎城〒889-2164 宮崎県宮崎市折生迫応永年間(1394〜1428年)に長井氏が築城。文明12年(1480年)には島津氏に応じた木脇右馬頭日高周防介が伊東氏から攻め落とす。のちに伊東氏が奪い返した。
石塚城〒880-2104 宮崎県宮崎市浮田応永年間(1394〜1428年)に伊東祐武が築城。
丹後城〒880-0123 宮崎県宮崎市芳士 
宮崎城〒880-0041 宮崎県宮崎市池内町城 
田野城〒889-1701 宮崎県宮崎市田野町 
曽井城〒880-0916 宮崎県宮崎市恒久 
櫛間城〒888-0001 宮崎県串間市西方 
高鍋城〒884-0006 宮崎県児湯郡高鍋町上江財部城、舞鶴城ともいう。斉衡年間(854〜857年)に財部土持氏が築城。
下ノ城〒889-1403 宮崎県児湯郡新富町上富田 
富田城〒889-1403 宮崎県児湯郡新富町上富田 
上日置城〒889-1401 宮崎県児湯郡新富町日置 
小川城〒881-1302 宮崎県児湯郡西米良村小川 
村所城〒881-1411 宮崎県児湯郡西米良村村所 
高城城〒884-0101 宮崎県児湯郡木城町高城建武2年(1335年)に新納時久が築城。新納氏は島津忠宗の四男島津時久足利尊氏から新納院を与えられ新納氏を称した。
小林城〒886-0007 宮崎県小林市真方宇賀城、三山城ともいう。応永年間(1394〜1428年)に北原氏が築城。
須木城〒886-0112 宮崎県小林市須木大字下田 
奈佐木城〒886-0114 宮崎県小林市須木大字奈佐木 
岩牟礼城〒886-0001 宮崎県小林市東方 
荒谷城〒882-1201 宮崎県西臼杵郡五ケ瀬町鞍岡 
鞍岡折立城〒882-1201 宮崎県西臼杵郡五ケ瀬町鞍岡 
揚城〒882-1201 宮崎県西臼杵郡五ケ瀬町鞍岡 
樺木岳城〒882-1202 宮崎県西臼杵郡五ケ瀬町桑野内 
原城〒882-1203 宮崎県西臼杵郡五ケ瀬町三ケ所 
坂本城〒882-1203 宮崎県西臼杵郡五ケ瀬町三ケ所 
川曲城〒882-1203 宮崎県西臼杵郡五ケ瀬町三ケ所 
亀頭山城〒882-1414 宮崎県西臼杵郡高千穂町河内 
左右殿城〒882-1621 宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸 
仲山城〒882-1103 宮崎県西臼杵郡高千穂町向山 
大野原城〒882-1101 宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井 
玄武城〒882-1411 宮崎県西臼杵郡高千穂町上野 
下城〒882-0402 宮崎県西臼杵郡日之影町岩井川 
中崎城〒882-0402 宮崎県西臼杵郡日之影町岩井川三田井氏の重臣甲斐宗摂の居城。
一ノ水城〒882-0401 宮崎県西臼杵郡日之影町七折 
八戸城〒882-0301 宮崎県西臼杵郡日之影町七折舟の尾天文19年(1550年)に津隈越後守が昌龍寺に築城。
高原城〒889-4412 宮崎県西諸県郡高原町西麓 
紙屋城〒886-0211 宮崎県西諸県郡野尻町紙屋 
戸崎城〒886-0212 宮崎県西諸県郡野尻町東麓 
野尻城〒886-0212 宮崎県西諸県郡野尻町東麓 
有峯城〒881-0001 宮崎県西都市岡富 
石野田城〒881-0113 宮崎県西都市下三財 
黒貫城〒881-0106 宮崎県西都市岩爪 
銀鏡城〒881-1232 宮崎県西都市銀鏡 
三納城〒881-0101 宮崎県西都市三納 
都於郡城〒881-0104 宮崎県西都市鹿野田浮舟城ともいう。建部4年・延元2年(1337年)に伊東祐持が築城。
千田城〒881-0027 宮崎県西都市南方 
山城〒881-0026 宮崎県西都市穂北 
穂北城〒881-0026 宮崎県西都市穂北 
六ヶ城〒885-0044 宮崎県都城市安久町 
池平城〒885-0044 宮崎県都城市安久町 
新宮城〒885-0091 宮崎県都城市横市町 
谷川城〒889-4506 宮崎県都城市高崎町前田 
笛ヶ水城〒889-4501 宮崎県都城市高崎町笛水 
木場城〒889-4503 宮崎県都城市高崎町縄瀬 
井ノ城〒885-1312 宮崎県都城市高城町四家 
平八重城〒885-1312 宮崎県都城市高城町四家 
石山城〒885-1205 宮崎県都城市高城町石山 
月山日和城〒885-1203 宮崎県都城市高城町大井手高城ともいう。元弘年間(1331〜1334年)に肝属兼重が築城。明応4年(1495年)に島津氏と伊東氏の間で飫肥と三俣の地が交換となり伊東氏の所領となった。伊東氏は八代長門守を城主とした。 天文元年(1532年)に島津氏が攻め入り天文3年(1534年)に八代長門守は討死。落合兼佳が城主となったが北郷島津氏に降った。
山田城〒889-4601 宮崎県都城市山田町山田龍廻城、朝霧城ともいう。正平14年(1359年)に相良定頼が築城。北原氏の城。白阪左衛門の居城であったが、天文12年(1543年)に北郷島津氏が攻め北郷忠茂が城主となった。
王子城〒889-1802 宮崎県都城市山之口町花木南北朝時代の城。
松尾城〒889-1802 宮崎県都城市山之口町花木三股城ともいう。建武年間(1334〜1338年)に肝属兼重が築城。
山之口城〒889-1803 宮崎県都城市山之口町山之口亀鶴三石城ともいう。延元年間(1336〜1340年)に土肥実重が築城。天文3年(1534年)に北郷氏が奪い、天正15年(1587年)に伊集院氏の所領となった。
七浦城〒889-1801 宮崎県都城市山之口町富吉 
安永城〒885-0114 宮崎県都城市庄内町鶴翼城、安永麓城ともいう。応仁2年(1468年)に北郷敏久が築城。
志和池城〒885-1103 宮崎県都城市上水流町応永年間(1394〜1428年)に北原氏が築城。天文12年(1543年)に都城北郷忠相が大軍を持って攻め落とした。
都之城〒885-0083 宮崎県都城市都島町永和元年・天授元年(1375年)に北郷義久が築城。島津忠宗の六男島津資忠が戦功をあげ北郷を所領し北郷氏を称したことにはじまる。
梅北城〒885-0063 宮崎県都城市梅北町万寿3年(1026年)に太宰李基(太宰大監平)が築城。天文7年(1538年)に島津忠相が攻め落とした。
野々美谷城〒885-1104 宮崎県都城市野々美谷町応永元年(1521年)に島津元久北郷義久が攻め落とし、樺山音久を城主とした。 大永元年(1521年)には樺山長久を大隅国小浜に移し、北郷氏の所領となり北郷尚久が城主となった。大永3年(1523年)に都於郡の伊東尹祐が大軍を持って攻め落としたが、大永11年(1531年)には北郷氏が取り戻した。
小崎城〒883-1602 宮崎県東臼杵郡椎葉村大河内 
向山城〒883-1603 宮崎県東臼杵郡椎葉村不土野 
鳥ノ巣城〒883-1211 宮崎県東臼杵郡美郷町西郷区山三ケ 
下八峡城〒883-1101 宮崎県東臼杵郡美郷町西郷区田代 
上円野城〒883-1101 宮崎県東臼杵郡美郷町西郷区田代 
星原城〒883-0306 宮崎県東臼杵郡美郷町南郷区神門 
田爪城〒883-0306 宮崎県東臼杵郡美郷町南郷区神門 
水志谷城〒883-0301 宮崎県東臼杵郡美郷町南郷区水清谷 
垂門城〒889-0901 宮崎県東臼杵郡美郷町北郷区宇納間 
鶴ノ城〒889-0901 宮崎県東臼杵郡美郷町北郷区宇納間 
黒木城〒889-0903 宮崎県東臼杵郡美郷町北郷区黒木 
入下城〒889-0902 宮崎県東臼杵郡美郷町北郷区入下 
江田城〒889-0603 宮崎県東臼杵郡門川町加草 
門川城〒889-0611 宮崎県東臼杵郡門川町門川尾末狗山城ともいう。文明年間(1469〜1487年)に伊東祐尭が築城。
竹名城〒889-0611 宮崎県東臼杵郡門川町門川尾末 
内屋敷城〒880-1303 宮崎県東諸県郡綾町南俣 
垂水城〒880-1301 宮崎県東諸県郡綾町入野 
綾城〒880-1302 宮崎県東諸県郡綾町北俣元弘年間(1331〜1334年)に綾氏が築城。
市之野城〒880-1106 宮崎県東諸県郡国富町森永 
木脇城〒880-1113 宮崎県東諸県郡国富町木脇木脇氏の城。伊東氏の庶流で工藤祐経の子工藤祐時の八男工藤祐頼を祖とする。
八代城〒880-1223 宮崎県東諸県郡国富町八代南俣 
鎌田ヶ城〒880-1101 宮崎県東諸県郡国富町本庄 
目井城〒889-3204 宮崎県日南市南郷町中村乙 
南郷城〒889-3202 宮崎県日南市南郷町中村甲 
湖雲ヶ城〒889-3212 宮崎県日南市南郷町脇本 
高平城〒883-0033 宮崎県日向市塩見 
塩見城〒883-0033 宮崎県日向市塩見南北朝時代に土持氏が築城。天正年間(1573〜1593年)には都於郡城主伊東祐重の弟を祖とする右松四郎左衛門尉が城主。
日知屋城〒883-0062 宮崎県日向市日知屋船岡城ともいう。文明年間(1469〜1487年)に伊東氏が築城。
新城〒883-0062 宮崎県日向市日知屋 
庄手城〒883-0062 宮崎県日向市日知屋 
日志原城〒889-1111 宮崎県日向市美々津町 
麻付陣城〒889-1111 宮崎県日向市美々津町 
本村城〒883-0022 宮崎県日向市平岩 
籾木城〒883-0022 宮崎県日向市平岩米良氏の一族籾木氏が天正年間(1573〜1593年)に築城。
山陰城〒883-0109 宮崎県日向市東郷町山陰天文年間(1532〜1555年)に米良則村(米良喜内)が築城。
西城〒883-0109 宮崎県日向市東郷町山陰 
坪谷城〒883-0211 宮崎県日向市東郷町坪谷 
貝殻城〒887-0101 宮崎県日南市宮浦 
酒谷城〒889-2511 宮崎県日南市酒谷乙 
鬼ヶ城〒889-2521 宮崎県日南市東弁分 
飫肥城〒889-2514 宮崎県日南市楠原舞鶴城ともいう。長禄2年(1458年)に伊東氏の南下に備えた島津氏が一族である新納忠続を志布志城から移し配置した。
樺山城〒889-1901 宮崎県北諸県郡三股町樺山伊東氏が築城。島津氏の領地となり島津資久(樺山資久)が城主となった。
梶山城〒889-1911 宮崎県北諸県郡三股町長田応永年間(1394〜1428年)に高木氏が築城。嘉吉元年(1441年)に島津忠朝が所領とした。明応4年(1495年)には伊東氏の所領となり、大永2年(1522年)に山田城主北郷久家が攻め寄せたが、伊東氏が待ち構え北郷久家を討ち取った。
勝岡城〒889-1914 宮崎県北諸県郡三股町蓼池島津忠宗の五男島津資久が文保2年(1318年)に樺山を譲られ樺山氏を称した。明応4年(1495年)に伊東氏の所領となり加江田氏が城主となった。永正17年(1520年)に荒武藤兵衛を城主として改修させ、北郷氏の侵攻を迎撃。天文元年(1532年)には北郷氏に敗れ落城した。
安楽城〒899-7104 鹿児島県志布志市志布志町安楽建久年間(1190〜1198年)に安楽為成(安楽平九郎)が築城。天文7年(1538年)に豊州島津忠朝が攻め落とした。天文13年(1544年)には肝付兼続の所有となったが、すぐに豊州島津氏が取り戻した。
夏井城〒899-7101 鹿児島県志布志市志布志町夏井 
志布志松尾城〒899-7102 鹿児島県志布志市志布志町帖 
志布志内城〒899-7102 鹿児島県志布志市志布志町帖南北朝時代には楡井氏が築城し所領とした。新納忠続のときに伊東氏の備えとして飫肥城へ移住したが、伊東氏に飫肥城を奪われ改めて志布志城主となった。七代新納忠勝のときには勢力を拡大しようとしていたが都城城主北郷忠相、串間城主島津忠朝の怒りをかって攻められ新納忠勝は降伏。新納氏の所領は北郷氏と豊州島津氏で分領となった。
松山城〒899-7601 鹿児島県志布志市松山町新橋松尾城ともいう。文治4年(1188年)に平知重(平武蔵守)の子平重頼(平隠岐守)が築城。
泰野城〒899-7602 鹿児島県志布志市松山町泰野 
尾野見城〒899-7603 鹿児島県志布志市松山町尾野見 
高牧城〒899-7513 鹿児島県志布志市有明町山重 
金丸城〒899-7503 鹿児島県志布志市有明町蓬原 
蓬原城〒899-7503 鹿児島県志布志市有明町蓬原救仁郷成直(救仁郷平八)が平安時代末期に築城。天文15年(1546年)には肝付兼続が蓬原城を攻め城主救仁郷頼世は降伏。大野出羽守が地頭となった。大野出羽守は弘治2年(1556年)に豊州家島津忠親と大崎で戦って討死した。
片平城〒899-7503 鹿児島県志布志市有明町蓬原 
堤城〒899-4103 鹿児島県曽於市財部町下財部 
石ノ城  

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