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小助官兵衛の戦国史-攻略ガイド

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難易度A(初心者向け)
難易度B
難易度C(経験者向け)
難易度D
難易度E(上級者向け)
難易度Aであれば、初心者であっても簡単に勝ち残っていける大名家です。
難易度が上がれば上がるほど大変ですが、難易度Cか難易度Dあたりが経験者には楽しめると思います。
難易度Eだともうほぼ無理です。でもそこを何とかしようというのも面白いでしょう。
難易度Eでも勝ち残り領土を広げられたらもう達人です。

[蝦夷] アイヌ民族 難易度C
武将数:4人 城数:115

アイヌ民族
当主名 タリコナ(武勇6−統率7−政治3−智謀1−水軍3)
注目武将
タリコナ(武勇6−統率7−政治3−智謀1−水軍3)
ハシタイン(武勇4−統率7−政治3−智謀1−水軍3)

★城数(自国城数)は全国第1位を誇り、守備兵も堂々の第1位!!ところが資金はいきなりマイナスという難しさ。 武将数もたったの4人で全員智謀1というところがまた難しさを倍増させている。 ただ、アイヌ民族の放つ毒矢の威力はすさまじいもの。 蠣崎武田家とは兵数で勝っている上に、タリコナの統率力もかなり高い。一気につぶして優秀な家臣を増やそう。 攻略方法としては、先ずは蠣崎武田家が檜山安東家に臣従する前に倒すことだろう。 港もいくつもあることから、資金さえ貯められれば、 檜山安東家と不戦同盟を結んでいる大名に従属志願をしてある程度国造りから始めてもいい。

蠣崎武田家 [蝦夷] 蠣崎武田家 難易度C
武将数:9人 城数:6

当主名 蠣崎義広(武勇6−統率6−政治7−智謀−水軍7)
注目武将
蠣崎義広(武勇6−統率6−政治7−智謀−水軍7)
蠣崎季広(武勇6−統率6−政治−智謀7−水軍6)
蠣崎慶広(武勇5−統率5−政治7−智謀6−水軍6)

■若狭武田氏の流れをくむ武田信広にはじまる。1451年に若狭国より数名の家臣を率いて下北半島蠣崎に移り、ついで蝦夷地に渡った。 当時はまだ津軽安東氏の配下で、小豪族にすぎなかったが、1457年のアイヌコシャマインの決起鎮圧に活躍すると、 これを機に他の館主を圧倒していく。豊臣秀吉に謁してアイヌ交易権を認められてからは、大名としての立場を確立する。
★1534年では檜山安東家に従属している蠣崎武田家。先ずは独立へ向けてというところから始まる。 蠣崎武田家はアイヌ民族と抗争しているので、アイヌ民族をいかにはやく滅ぼすかで決まるだろう。 アイヌ民族をいちはやく滅ぼして交易船の整備をし、資金を安定させよう。 そして三戸南部家との戦いに忙しい檜山安東家に同盟破棄を不意に送りつけて、隙を突いて一気に攻め入ろう。 檜山安東家が三戸南部家に圧されてきたら三戸南部家に従属してアイヌ民族にあたろう。

[陸奥] 浪岡北畠家 難易度D
武将数:4人 城数:7

浪岡北畠家
当主名 北畠具永(武勇3−統率4−政治7−智謀6−水軍3)
注目武将
北畠具永(武勇3−統率4−政治7−智謀6−水軍3)
北畠具統(武勇3−統率4−政治7−智謀5−水軍3)

■北畠氏の庶流で、南北朝時代に陸奥の国司として下向した北畠顕家の子孫が津軽に勢力を張ったことに始まった。 戦国時代にいたっては、浪岡御所と周辺から尊称されるほどの存在へとなり、京都にもしばしば使者を派遣して中央貴族と交流し、侍従や左中将に任官されている。 こうして北辺の地に貴族文化を花開させた浪岡北畠氏であったが、津軽の大浦為信の野望の前に敗れ、北奥の戦国史からついえさっていく。
★北奥羽に貴族分化を浸透させたというだけの政治力はあるものの、この戦国時代にあってはほとんど役に立たない。しかも、とにかく武将がいない。 あえて難易度はDにしてあるが、かなり厳しい。周辺が不戦大名だけなので、 外交関係を破棄するタイミングが重要になってくる。切るとすれば檜山安東家になってくるとは思うが、この武将数なだけに慎重にいこう。 攻略方法としては、外交関係を破棄した大名と戦うにあたって、不利になったときにはその大名と不戦同盟を結んでいる大名に従属しよう。 それを繰り返して少しずつでも領土を広げ、武将を増やしていけたら道はひらけるだろう。

三戸南部家 [陸奥] 三戸南部家 難易度B
武将数:51人 城数:65

当主名 南部安信(武勇6−統率6−政治7−智謀6−水軍3)
注目武将
南部安信(武勇6−統率6−政治7−智謀6−水軍3)
南部晴政(武勇−統率7−政治4−智謀5−水軍3)
石川高信(武勇−統率7−政治6−智謀5−水軍3)
石川政直(武勇2−統率3−政治7−智謀6−水軍3)
石亀古康(武勇3−統率3−政治7−智謀5−水軍3)
八戸信長(武勇4−統率3−政治7−智謀4−水軍3)
九戸政実(武勇7−統率6−政治3−智謀4−水軍3)
九戸康真(武勇2−統率3−政治4−智謀7−水軍3)
北信愛(武勇7−統率6−政治−智謀6−水軍3)
大浦為信(武勇7−統率7−政治−智謀−水軍3)

源義光の5代源遠光の子、源光行を祖とする南部氏。 甲斐国巨摩郡南部郷が本領で、南北朝時代に陸奥八戸周辺に移住して諸豪族を圧倒し、北奥羽屈指の豪族に成長。 しかし内紛も絶えず、戦国時代にようやく領内の統制に成功。積極的な軍事行動で領土も拡大し、戦国大名に脱皮していく。 豊臣秀吉から南部七郡を安堵され、盛岡藩の礎を築く。
南部晴政が家督を継ぐ頃は内紛が絶えなかった三戸南部家では、家臣たちの反乱が激しく続き、とても困難な状態。 そんな三戸南部家は、1534年シナリオでは宿敵に囲まれている。経済的にも厳しい状態なので、 いかに港を制圧できるかで決まってくる。しかし太平洋側は港を持っているのが臣従大名か従属大名なので、日本海側へ抜けるのも1つの手。 南部晴政石川高信ら優秀な一族や家臣たちが揃っているので、一気に南下して領土を拡大しよう。

[陸奥] 高水寺斯波家 難易度C
武将数:14人 城数:18

高水寺斯波家
当主名 斯波詮高(武勇7−統率6−政治−智謀−水軍3)
注目武将
斯波詮高(武勇7−統率6−政治−智謀−水軍3)

■斯波家は足利家中でもひときわ家格が高い名門で、鎌倉時代に陸奥に移住し、南北朝時代には奥州総大将として奥羽全域に号令していた。 戦国時代には、衰退の一途をたどり、斯波御所として近隣大名に尊敬を受けてはいたものの、斯波一郡をかろうじて保持するにとどまっていた。 戦国の世は権威だけでは生き残れるほど甘くはなく、1586年に南部信直に攻められて完全に没落した。
★家格は高い斯波家だが、衰退が著しく、斯波一郡をかろうじて保持している。 しかし、斯波詮高の時代には三戸南部家とも堂々と戦いぬき、3人の子に領土を分け与えて領国経営を分担させるなど、まだまだ挽回の余地はある。 ただし、注目武将が少ないことからも分かるように、有能な武将はほとんどいない。 1549年には斯波詮高が死んでしまうので、とにかく斯波詮高が生きている間に、まだ安定しきれていない三戸南部家を攻めよう。

陸奥和賀家 [陸奥] 陸奥和賀家 難易度D
武将数:10人 城数:18

当主名 和賀基義(武勇4−統率4−政治2−智謀3−水軍3)
注目武将

★戦国時代後期になってから脚光を浴びることになる和賀家。高水寺斯波家や陸奥葛西家、出羽小野寺家などに囲まれているわりには脈々と生き残っていただけあって、 以外に城数や武将数も豊富。ただ難点としては注目武将がいないことでも分かるように、有能な武将がいない。戦に勝たなければ領土を広げていくことも難しいため、有能な家臣をいかにして登用するかにかかってくる。 攻略法としては、阿曽沼家が独立状態にあるうちに撃破ることだろう。東へ抜けて港を手に入れられれば突破口が見えてくる。

寺池葛西家 [陸奥] 陸奥葛西家 難易度B
武将数:28人 城数:39

当主名 葛西晴胤(武勇4−統率5−政治4−智謀5−水軍3)
注目武将
葛西俊信(武勇7−統率3−政治1−智謀1−水軍3)
浜田広綱(武勇6−統率5−政治3−智謀5−水軍)
及川頼家(武勇2−統率3−政治7−智謀5−水軍3)

■葛西氏は桓武平家の名門として、下総葛飾郡葛西から、鎌倉時代の葛西清重の代に奥州総奉行として奥州に所領を得て、南北朝時代になると石巻を中心に在地支配を展開していく。 戦国時代には陸奥伊達家と同盟を結んで大崎斯波家との抗争にあけくれる。だが、領国の統制に力を注ぐことができずに、近世大名に脱皮することができずに没落していった。
★桓武平家の名門である葛西家は、戦国期には、奥羽伊達家と不戦同盟を結び、大崎斯波家との抗争に終始。葛西晴胤はさほど優秀な当主ではないが、浜田水軍の港が最大の利点だろう。周辺が不戦同盟の大名なので、当面の敵は大崎斯波家だけ。 十分に下剋上を起こせるダークホースであることは間違いない。攻略方法は、当然、大崎家を滅ぼし、自国領としての港を手に入れ、交易により経済力を安定させることだ。 浜田広綱を水軍の総大将として海戦を優位に進めよう。

[陸奥] 大崎斯波家 難易度C
武将数:27人 城数:32

大崎斯波家
当主名 大崎義兼(武勇5−統率5−政治3−智謀4−水軍3)
注目武将
一栗放牛(武勇4−統率6−政治5−智謀7−水軍3)

■足利家の支流である大崎斯波氏は、南北朝時代に奥州探題として下向した斯波家兼を祖とする。 家格を重んじる室町時代には、大崎斯波氏の権威は奥州で頂点をきわめ、伊達氏、葛西氏、南部氏ら有力大名たちも、大崎斯波氏へ参勤することが義務づけられていた。 ところが、戦国時代になると、職名による権威支配は全く通用せず、外面的な尊大さに比べ、内実はきわめて不安定な権力基盤であった。
★かつて家格を重んずる室町時代には、大崎斯波家の権威は奥州で頂点をきわめていたが、戦国の世に移ると職名による権威支配は全く通用せず、権威を失っていた。 1534年の大崎斯波家はかろうじて家臣の反乱も起こっておらず、まだまだ挽回できるチャンスはいくらでもある。葛西家を叩いて一気に勝ちあがろう。 黒沢家が葛西家に従属している限りは、黒沢家からの攻撃は1〜2人の守将だけ配置して落城しないようにだけ注意して好きにさせておこう。 あとは一気に石巻へ出て、港を手に入れ交易船をバンバン出せば突破口は確実にひらける。

小高相馬家 [陸奥] 小高相馬家 難易度C
武将数:18人 城数:14

当主名 相馬顕胤(武勇6−統率6−政治4−智謀4−水軍3)
注目武将
相馬盛胤(武勇−統率7−政治6−智謀6−水軍3)
相馬義胤(武勇7−統率6−政治5−智謀4−水軍3)

■小高相馬家は、行方郡、宇多郡、標葉郡の三郡を領する小大名にすぎなかった。しかし、平将門の流れをくむと自負する相馬一族の結束は堅く、奥羽の雄である伊達氏と戦うこと実に30余度。 奥羽の他の群雄たちがみな伊達氏の前に屈していくにもかかわらず、相馬氏だけが最後まで独立を保ち、その名を轟かせた。
★平将門の流れをくむと自負するだけのことはあり、相馬一族はなかなか強い。小高相馬家は臣従大名もいない独立した状態であるため、陸奥伊達家や常陸佐竹家とは宿敵関係だが、 どこかへ従属志願するこによってその難を逃れることができる。陸奥伊達家にせよ常陸佐竹家にせよ、どちらかに戦いを挑むなら、十分勝ち目はある。

[陸奥] 岩城大掾家 難易度D
武将数:9人 城数:11

岩城大掾家
当主名 岩城由隆(武勇2−統率3−政治4−智謀4−水軍3)
注目武将
岩城重隆(武勇7−統率6−政治6−智謀6−水軍3)
大塚隆成(武勇5−統率6−政治7−智謀7−水軍3)

■岩城氏の祖先は常陸平氏の大掾氏で、その子孫が奥州に下向したことにはじまる。鎌倉時代は一地頭にすぎなかったが、南北朝時代に伊賀氏、国魂氏ら諸豪族をおさえて、浜通りといわれる磐城地方の領有に成功。 大館城を築き、全盛期を迎えるが、戦国時代には伊達氏、小高相馬氏、常陸佐竹氏などの群雄に囲まれて苦しい対応を迫られる。そして伊達氏と提携してその命脈を保った。
★常陸平家を祖とする岩城大掾家はかつては伊賀家や国魂家ら諸豪族をおさえて、浜通りといわれる磐城地方の領有に成功し、全盛期を迎えていた。 ところが戦国時代には、奥羽伊達家や小高相馬家、常陸佐竹家などの群雄に囲まれて苦しい対応を迫られていた。 常陸小野崎家が佐竹家に従属の状態であれば、佐竹家からの脅威は少ない。あとはいかに交易での収益を増やし、小高相馬家を叩けるかにかかってくる。 小高相馬家も陸奥伊達家との戦いがはじまると苦しい状態になるので、そこを突いて攻め込んでいこう。 それでも苦しければ、佐竹家と相馬家の両方と不戦同盟を組んでいる大名に従属して白河結城家を攻めるのも1つの手だ。 港があることからも、苦境を脱せられれば、あとは突っ走ることができるだろう。

二本松畠山家 [陸奥] 二本松畠山家 難易度D
武将数:7人 城数:15

当主名 畠山晴国(武勇2−統率3−政治3−智謀3−水軍3)
注目武将
畠山村国(武勇5−統率5−政治6−智謀7−水軍3)
小田辺勝成(武勇−統率3−政治1−智謀2−水軍3)
小国義操(武勇7−統率3−政治1−智謀3−水軍3)

■畠山家の庶流で奥州探題であった畠山国氏を祖先にもつ名門であったが、戦国時代を迎えると権威だけでは周囲の豪族を従えることは不可能だった。 このために徐々に衰退し、わずかに安達郡を半分ほど領するにまで転落してしまう。保身のために所属を転々としていく。
★陸奥伊達家、陸奥蘆名家、小高相馬家に囲まれてはかなり厳しい状況。領土も広いわりには武将が少ない。しかし全く打開策がないわけではない。周りには石橋斯波家や陸奥大内家、三春田村家など小大名がひしめき合っているので、従属を繰り返して少しずつ領土を広げることは可能だ。 これだけ強国に囲まれていると、外交ではどうやっても広げられないだろう。先ずは従属しながら領土を少しずつ広げよう。 二階堂家や三春田村家と戦うことになるだろうか。少しずつ領土が広がれば、武将も増えていくだろう。三春城の田村隆顕も狙い目だ。

[陸奥] 三春田村家 難易度D
武将数:10人 城数:7

三春田村家
当主名 田村義顕(武勇5−統率5−政治4−智謀2−水軍3)
注目武将
田村隆顕(武勇6−統率7−政治4−智謀5−水軍3)

■平安以来の坂上田村麻呂を祖とする名族といわれるが、戦国時代に田村郡を領したこの三春田村氏に連なるのかは判然としない。 小高相馬氏や常陸佐竹家、陸奥蘆名家などの列強に囲まれて苦しい外交戦術を迫られていた。伊達稙宗の娘を妻に迎えた田村隆顕は伊達氏の支援を受ける一方で、1560年に常陸佐竹氏とともに陸奥蘆名氏を攻めている。 また1572年には、侵攻してきた常陸佐竹氏と陸奥石川家の連合軍を陸奥蘆名氏の支援を受けて迎え撃つなど、状況に応じて対立と同盟を繰り返し、小勢力田村家を保っていった。
★領土のわりにはそれなりに武将はいる。しかしやはり厳しい状況であることには確かだ。伊達氏や小高相馬氏とは同盟関係にあるので、 まずは弱小大名と戦い打ち破っていくしかない。ときには従属して弱小大名とあたるのもいいだろう。岩城大掾氏を小高相馬氏より先に破ることができれば港を得ることも可能だ。

黒川蘆名家 [陸奥] 黒川蘆名家 難易度B
武将数:22人 城数:36

当主名 蘆名盛舜(武勇6−統率6−政治6−智謀7−水軍3)
注目武将
蘆名盛舜(武勇6−統率6−政治6−智謀7−水軍3)
蘆名盛氏(武勇−統率7−政治−智謀7−水軍3)
平田常範(武勇3−統率3−政治7−智謀5−水軍3)
平盛光(武勇1−統率3−政治−智謀1−水軍3)
須江光頼(武勇3−統率3−政治7−智謀2−水軍3)
須田盛秀(武勇6−統率3−政治7−智謀3−水軍3)
須田盛康(武勇3−統率3−政治7−智謀2−水軍3)

■戦国時代に奥州で陸奥伊達家と並んで戦国大名としてのし上った陸奥蘆名家。 室町時代より自らを会津守護と称していた。幕府によって法的に認められたものではなかったが、早くから会津地方に独自の税制や裁判権を設定し、守護に相応しい統治体制を確立していった。 蘆名盛氏が蘆名家を継いだ頃になると、戦国大名蘆名家の歴史に1つの頂点が訪れた時期といえるだろう。 蘆名盛氏は全兵力をもって三春田村家、二本松畠山家、石川家ら仙道地方豪族との戦いに当たれるようになり、甲斐武田家や相模北條家と結んで、常陸佐竹家や越後上杉家を打倒しようと画策するほどの大名へとなっていく。
蘆名盛舜の時代には奥羽伊達家と不戦同盟を結び、平田常範の外交手腕によって上杉家とも不戦同盟を結んでいた。 先ずは陸奥二階堂家を一気に叩き、白河結城家や陸奥岩城家、常陸佐竹家を打破ろう。港さえ手に入れば経済は安定する。そうなれば陸奥伊達家も三戸南部家も敵ではない。

[陸奥] 白河結城家 難易度D
武将数:6人 城数:9

白河結城家
当主名 白河顕頼(武勇3−統率4−政治4−智謀4−水軍3)
注目武将
佐藤秀正(武勇4−統率5−政治4−智謀7−水軍3)

■白河結城家は下総結城家の庶流で、鎌倉時代に奥州白河に所領を得て、結城祐広が移住したことにはじまる。 南北朝時代には奥州屈指の大名に成長し、その勢力は伊達氏をもしのいでいたが、戦国時代になると家中の内紛が絶えず、次第に衰えていく。
★周辺は不戦同盟ながら、とても狙われやすい。 ただ白河結城家と同じように、隣りの下野国も南陸奥も、小大名がひしめき合っている。陸奥石川家、陸奥二階堂家などを攻略し、陸奥岩城家を滅ぼすことができれば、港を手に入れることができる。 それまでの過程としては、強国に従属して領土拡大をはかり、進路がなくなればまた別の強国に鞍替え。それを繰り返して領土を広げていくことが最善といえるだろう。 哀しいことながら有能な武将…というより武将そのものが少ないので、領土拡大とともに、少しでも武将を加えていこう。

陸奥伊達家 [陸奥] 陸奥伊達家 難易度A
武将数:38人 城数:63

当主名 伊達稙宗(武勇6−統率6−政治−智謀−水軍3)
注目武将
伊達稙宗(武勇6−統率6−政治−智謀−水軍3)
伊達晴宗(武勇6−統率6−政治−智謀7−水軍3)
伊達政宗(武勇−統率7−政治−智謀−水軍3)
伊達成実(武勇−統率6−政治4−智謀4−水軍3)
伊達宗勝(武勇5−統率4−政治−智謀6−水軍3)
小梁川宗朝(武勇6−統率6−政治7−智謀−水軍3)
中野宗時(武勇3−統率3−政治−智謀7−水軍3)
中野久仲(武勇2−統率3−政治−智謀7−水軍3)
鬼庭良直(武勇7−統率5−政治3−智謀3−水軍3)
片倉景綱(武勇7−統率6−政治−智謀7−水軍3)
虎哉宗乙(武勇2−統率3−政治−智謀5−水軍3)
遠藤基信(武勇1−統率3−政治−智謀6−水軍3)
桑折貞長(武勇4−統率5−政治7−智謀6−水軍3)
留守景宗(武勇3−統率3−政治7−智謀4−水軍3)
留守顕宗(武勇3−統率3−政治7−智謀3−水軍3)
屋代閑盛(武勇3−統率3−政治−智謀7−水軍3)
湯目頼康(武勇3−統率3−政治7−智謀2−水軍3)
岩出山元信(武勇4−統率3−政治7−智謀5−水軍3)
辺見遠江(武勇2−統率3−政治7−智謀5−水軍3)
福田玄蕃(武勇3−統率3−政治7−智謀2−水軍3)
中島宗忠(武勇6−統率4−政治7−智謀7−水軍3)
高野親兼(武勇5−統率3−政治4−智謀7−水軍3)
原田宗時(武勇7−統率5−政治2−智謀5−水軍3)
平田太郎(武勇2−統率3−政治1−智謀7−水軍3)
安藤対馬(武勇4−統率3−政治1−智謀−水軍3)

■奥羽屈指の大名として圧倒的強さをみせていた伊達氏であったが、足利一門で奥羽探題にある大崎斯波氏の伝統的権威はこえがたく、依然大崎斯波氏への参勤をつづけていた。 このため歴代の伊達氏は、莫大な財宝を幕府に献上して政治的地位を高めることにつとめ、伊達稙宗の代には、ついに陸奥守護職を獲得し、これを期に奥羽の戦国時代は伊達氏を中心に動き始めていく。
★奥羽屈指の大名として圧倒的な強さをみせている伊達家であるが、それは伊達稙宗の2男6女を用いての近隣大名との政略結婚を成立させるというまさに血縁によるネットワークを作り上げることにあった。 1534年シナリオでは、まだ蘆名家とは宿敵だが、ほぼ周りの大名と不戦同盟を結んでいる。蘆名家と戦いつつ、1つ1つ豪族を懐柔していき、戦わずして領土を拡げることも可能だろう。 三戸南部家とは勢力はほぼ一緒だが、武将数では一族の多さから三戸南部家の方が多い。しかし注目武将の多さでは圧倒的に伊達家。やはり伊達稙宗の当主としての器も高い。港さえ手に入れてしまえば、圧倒的に伊達家が有利であることは間違いない。

[出羽] 檜山安東家 難易度C
武将数:20人 城数:51

檜山安東家
当主名 安東舜季(武勇4−統率5−政治5−智謀5−水軍7)
注目武将
安東愛季(武勇7−統率6−政治−智謀7−水軍)
安東堯季(武勇6−統率6−政治5−智謀5−水軍7)
安東定季(武勇4−統率5−政治6−智謀7−水軍7)
清水治郎兵衛(武勇2−統率3−政治7−智謀3−水軍6)

■津軽安東家は、鎌倉時代より津軽十三湊を本拠にしてオホーツク海から日本海まで広く交易活動によって巨万の富を蓄積する海の豪族として繁栄していた。 だが、三戸南部家の津軽侵入により一族は檜山安東家と湊安東家に分裂。出羽秋田を中心に両家は抗争ししだいに三戸南部家の力に圧されていく。 安東愛季の代になってようやく統一された安東家は、豊臣秀吉のもとで近世大名へとなり全盛期を迎えることになる。
★安東家は、津軽十三湊を本拠にしてオホーツク海から日本海まで広く交易活動によって巨万の富を蓄積する「海の豪族」として繁栄。 しかし三戸南部家の津軽侵略により一族は分裂し、出羽秋田を中心に両家は抗争していた。1534年シナリオでも一族は分裂し抗争している。港があるので、安定した交易船での収入が期待できる上に、出羽浅利家の領土には金山もある。 湊安東家を制圧し、出羽浅利家を取り込めれば、三戸南部家とも互角に戦えるだろう。ただし、アイヌ民族と三戸南部家と宿敵関係にある上に、周りは宿敵だらけ。 何気に苦しい状況ではじまる。さらに、家臣に優秀な人材がいないので、早い段階で優秀な捕虜を登用する必要がある。

出羽戸沢家 [出羽] 出羽戸沢家 難易度D
武将数:11人 城数:13

当主名 戸沢道盛(武勇3−統率4−政治4−智謀5−水軍3)
注目武将
戸沢政安(武勇−統率6−政治5−智謀5−水軍3)
戸沢政重(武勇5−統率5−政治7−智謀6−水軍3)
戸沢盛安(武勇7−統率7−政治4−智謀5−水軍3)

■出羽戸沢家は陸奥岩手郡雫石を姓としたが、のち戸沢を名のったという。室町時代の1423年、11代雫石家盛のときに三戸南部家の勢力に対抗できずに出羽角館に移ったとされている。 戦国時代になって18代の戸沢盛安を輩出。家運をひとりで切り開いた。戸沢盛安は強敵三戸南部家と対立する一方、周辺の豪族を次々と撃破し、領国を確立した。 その遺産を20代戸沢政盛に受け継がれていく。
★1534年シナリオでの当主戸沢道盛はわずか10歳。わずか6歳で家督を継ぎ、戸沢政重らの助力によって三戸南部家と戦い堪えていた。 だが、やはり人材不足と領土の少なさはかなり厳しい。逸早く小野寺家を叩き、三戸南部家に備えよう。小野寺家の領土を手に入れ、由利郡を制圧できれば、三戸南部家との戦いに苦労しているであろう檜山安東家の領土も狙えるだろう。

[出羽] 出羽小野寺家 難易度C
武将数:27人 城数:40

出羽小野寺家
当主名 小野寺稙道(武勇4−統率5−政治4−智謀6−水軍3)
注目武将
本堂忠親(武勇7−統率3−政治2−智謀1−水軍3)
日野有義(武勇2−統率3−政治3−智謀7−水軍3)

■鎌倉時代に出羽雄勝郡に地頭として入部してきた小野寺家は、室町時代には盛んに鷹や駿馬などを将軍に献上し、中央状勢にも機敏に対応する一方で、近隣の庶豪族を服属させてきた。 13代小野寺輝道のころには雄勝郡、仙北郡、平鹿郡の三郡に勢力を有する戦国大名に成長し、全盛期を迎えた。
★近隣の諸豪族を服属させていた小野寺家は、小野寺輝道の頃は雄勝、仙北、平鹿を有する戦国大名に成長し全盛期を迎えていた。 しかし、北には独立勢力の由利十二頭や宿敵戸沢家が虎視眈々と領土を狙っているし、南は最上家が伊達の援護で北上してきている。 優秀な人材がいないだけに最初はかなり苦しいだろう。出羽清水家はすぐに叩いておこう。それからなら由利十二頭や出羽戸沢家に専念できる。港を手に入れて経済を安定させることも重要だ。

大宝寺武藤家 [出羽] 大宝寺武藤家 難易度D
武将数:10人 城数:20

当主名 大宝寺晴時(武勇4−統率5−政治4−智謀5−水軍3)
注目武将
土佐林明三(武勇2−統率3−政治7−智謀4−水軍3)

■鎌倉時代に庄内の地頭として入部したのにはじまるという。最初は武藤を姓としていたが、大宝寺に居住して姓を改めた。 南北朝時代には庄内平野全域をほぼ掌握し全盛を迎えるが、戦国時代にはいると砂越家ら一族の造反に悩まされる。 弱体化した大宝寺家の隙を突いて、肥沃な庄内平野をめぐり、越後上杉家と出羽最上家が壮絶な争奪戦を繰り広げ、この抗争に翻弄されていく。
★当面の敵は最上家ということになる。港を有していないので、かなり厳しい状況。しかし周りは意外と不戦同盟の大名が多く、裏切られない限りは最上家との宿敵対決に専念できる。 最上家もかなり強いが、決して勝てないわけもない。臣従大名も多いが、苦しければ、従属を繰り返して領土を広げるのも1つの手となる。

[出羽] 最上斯波家 難易度C
武将数:22人 城数:41

最上斯波家
当主名 最上義守(武勇3−統率3−政治3−智謀1−水軍3)
注目武将
最上義光(武勇7−統率7−政治−智謀−水軍3)
天童頼長(武勇5−統率6−政治7−智謀7−水軍3)
白鳥長久(武勇5−統率5−政治−智謀5−水軍3)
白鳥長直(武勇3−統率4−政治7−智謀4−水軍3)
白鳥長広(武勇2−統率3−政治7−智謀2−水軍3)
氏家定直(武勇5−統率6−政治6−智謀7−水軍3)
氏家守棟(武勇4−統率5−政治5−智謀7−水軍3)
延沢満延(武勇7−統率6−政治1−智謀3−水軍3)
成沢光氏(武勇5−統率7−政治1−智謀3−水軍3)
谷柏直家(武勇3−統率3−政治7−智謀3−水軍3)
北楯利長(武勇2−統率3−政治−智謀6−水軍3)
志村光安(武勇5−統率7−政治1−智謀6−水軍3)
武永義忠(武勇7−統率6−政治2−智謀5−水軍3)
里見民部(武勇4−統率3−政治2−智謀7−水軍3)

■最上斯波家は、南北朝時代に足利一門の斯波兼頼が羽州探題として最上郡山形に入部したことにはじまる。庶子を各地に派遣して、同族連合による領国支配を展開。出羽最大の勢力を誇るにいたる。 しかし次第にその一族が独立して内紛を続けるなか、名門の権威も失墜していく。戦国時代の最上斯波家は優勢な伊達家の前に屈辱的支配を強いられつづけていくことになる。
★足利一門斯波家を祖とする羽州探題としてくだってきたことに始まる最上斯波家は、戦国期には、もはや優勢な奥羽伊達家の前に屈辱的支配を強いられ続け、名門の権威も失墜していた。 当主最上義守がとにかく弱い。最上義光が元服するまではまだまだ年月がかかるので、有能な家臣たちで攻めていくしかない。 大宝寺家を攻略できれば、港も手に入り、経済も安定していくだろう。

下野那須家 [下野] 下野那須家 難易度D
武将数:11人 城数:30

当主名 那須資房(武勇7−統率7−政治−智謀7−水軍3)
注目武将
芦野資豊(武勇7−統率6−政治2−智謀5−水軍3)
芦野資秦(武勇7−政治3−智謀4−水軍3)
芦野盛秦(武勇7−政治7−智謀6−水軍3)
那須資房(武勇7−統率7−政治−智謀7−水軍3)
大田原資清(武勇6−統率7−政治−智謀−水軍3)
大田原高増(武勇6−政治7−智謀−水軍3)
大田原晴増(武勇6−政治6−智謀7−水軍3)
大関宗増(武勇6−統率6−政治6−智謀7−水軍3)

■源平合戦で扇の的を見事に射落とした那須与一で有名な下野郡那須郡を根拠地とする那須家は、千本家、伊王野家ら一族を広く分布させて繁栄し、室町期には「関東八家」に数えられた。 那須資房が上下両家に分裂していた那須家を統一して戦国大名への道を歩み始めたが、下野宇都宮家を巻き込み家中が混乱していった。
★常陸佐竹家や白河結城家と結んでいる間に何とか下野宇都宮家を叩いて伸し上ろう。

[下野] 下野宇都宮家 難易度C
武将数:35人 城数:54

下野宇都宮家
当主名 宇都宮興綱(武勇4−統率6−政治7−智謀−水軍3)
注目武将
宇都宮興綱(武勇4−統率6−政治7−智謀−水軍3)
益子高定(武勇5−政治7−智謀−水軍3)
君島高胤(武勇7−政治4−智謀6−水軍3)
壬生綱房(武勇5−統率6−政治−智謀−水軍3)
西方斎門(武勇−統率4−政治1−智謀1−水軍3)

■宇都宮の神宮と在地領主という二つの顔をもつ下野宇都宮家は、下野中央部に繁栄し「関東八家」に数えられる名門であった。 だが戦国期になると当主の若死や内紛によって衰退し、実権は一族の芳賀家に奪われていった。
★1534年シナリオではまだ宇都宮興綱が生きているので、下野那須家や下総結城家と互角に戦える。しかし両方を相手にはできないので、どちらか一方を一気に破ろう。 下野佐野家や常陸佐竹家とは同盟なので、宿敵にのみ力を注ぎ込もう。

常陸佐竹家 [常陸] 常陸佐竹家 難易度B
武将数:36人 城数:40

当主名 佐竹義篤(武勇6−統率5−政治7−智謀7−水軍3)
注目武将
佐竹義篤(武勇6−統率5−政治7−智謀7−水軍3)
佐竹義昭(武勇6−政治7−智謀5−水軍3)
佐竹義重(武勇−政治−智謀−水軍3)
佐竹義里(武勇3−統率3−政治7−智謀3−水軍3)
和田豊前(武勇3−統率3−政治7−智謀7−水軍3)
和田昭為(武勇4−政治7−智謀6−水軍3)
岡本曽端(武勇1−統率3−政治−智謀6−水軍3)
岡本禅哲(武勇1−政治7−智謀−水軍3)
真壁氏幹(武勇−政治1−智謀2−水軍3)
梅津政景(武勇2−政治7−智謀4−水軍3)
渋江政光(武勇2−政治−智謀7−水軍3)
江戸通泰(武勇5−統率5−政治7−智謀5−水軍3)

■清和源家の流れをくむ名族佐竹家は、ようやく戦国大名への道を歩みだしていた。 しかし、一族山入氏をはじめ、江戸氏、大掾氏、そして宿敵小田氏との抗争など、常陸統一を遂げるにはいくつもの障害が横たわっていた。
★陸奥岩城家と宿敵なので一気に滅ぼそう。 白河結城家や下総結城家、那須家、常陸小田家も打ち崩し、逸早く常陸を統一し相模北條家の侵攻に備えよう。

[常陸] 常陸大掾家 難易度D
武将数:32人 城数:5

常陸大掾家
当主名 大掾慶幹(武勇3−統率3−政治5−智謀6−水軍3)
注目武将
吉川常賢(武勇7−統率3−政治4−智謀5−水軍3)
塚原高幹(武勇−統率5−政治3−智謀4−水軍3)

■鎌倉以前から続く名門大掾家は、水戸を中心とする大勢力だったが、 大掾慶幹の代には凋落してわずかな所領しかなかった。
★剣豪塚原高幹(塚原ト伝)は山城足利家に客将として出仕している。独立してもかなり難しいだろう。 しかし領土のわりには武将数も豊富なので、経済が安定さえすれば領土拡大も可能だ。 山城足利家から独立後も、従属を繰り返しながら領土を少しずつ広げていくことが最善だろう。

小田八田家 [常陸] 小田八田家 難易度D
武将数:14人 城数:17

当主名 小田政治(武勇4−統率4−政治5−智謀5−水軍3)
注目武将
菅谷勝貞(武勇7−統率7−政治6−智謀−水軍3)
菅谷政貞(武勇6−統率6−政治4−智謀7−水軍3)
石毛治頼(武勇5−統率3−政治7−智謀3−水軍3)

源頼朝に従い、常陸守護となった八田知家を祖とする小田家も、戦国期を迎えると、常陸南部に確固たる勢力を保持していたかつての面影は既になかった。 北からは常陸佐竹家、そして南からは相模北條家の侵略が始まっていた。
★宿敵古河足利家や下総結城家との戦いに明け暮れることになるだろう。

[下総] 下総結城家 難易度D
武将数:17人 城数:13

下総結城家
当主名 結城政朝(武勇7−統率7−政治8−智謀9−水軍3)
注目武将
結城政朝(武勇7−統率7−政治8−智謀9−水軍3)
結城政勝(武勇6−政治6−智謀5−水軍3)
結城政直(武勇5−統率5−政治7−智謀4−水軍3)
小山晴朝(武勇5−政治8−智謀6−水軍3)
多賀谷政広(武勇2−政治7−智謀6−水軍3)
三浦義堅(武勇2−政治7−智謀5−水軍3)

■藤原家の末流の小山朝光が鎌倉時代以来、代々下総結城を領したことに始まる。室町時代には宇都宮家、小山家、佐竹家、千葉家、小田家、長沼家、那須家と並んで「関東八家」に数えられた。 戦国時代に入り、古河公方を一貫として支持し続け、関東管領上杉家と争う。
★結城家を支えた結城政朝が生きているうちに一気に下野宇都宮家を滅ぼそう。

古河足利家 [下総] 古河足利家 難易度D
武将数:15人 城数:31

当主名 足利高基(武勇4−統率4−政治5−智謀5−水軍3)
注目武将
簗田晴助(武勇5−政治6−智謀7−水軍3)
藤岡清房(武勇7−政治2−智謀2−水軍3)
山上道及(武勇8−政治1−智謀2−水軍3)

■関東は鎌倉府という室町幕府の出先機関があり、その長官「鎌倉公方」は、足利尊氏の次男、足利基氏の子孫が世襲し、関東に号令したのである。 鎌倉府は一旦滅亡していたが、戦国期になると足利成氏が下総古河において復活を宣言し、以来「古河公方」と尊称されていた。
★古河足利家は厳密には戦国大名とは言えないが、その権威は依然として効力を持ち、関東戦国史に与えた影響は大きかった。 両上杉家とともに相模北條家と戦うことになる。両上杉がいかに相模北條家の侵攻を喰い止められるかが古河足利家の将来も左右しそうである。

[上総] 小弓足利家 難易度D
武将数:38人 城数:33

小弓足利家
当主名 足利義明(武勇7−統率7−政治3−智謀4−水軍5)
注目武将
足利義明(武勇7−統率7−政治3−智謀4−水軍5)
武田信助(武勇5−統率5−政治6−智謀7−水軍3)
武田信保(武勇6−統率6−政治7−智謀−水軍3)
酒井定治(武勇5−統率5−政治7−智謀5−水軍3)
酒井敏房(武勇5−統率5−政治4−智謀7−水軍3)
大石香膳(武勇7−統率4−政治5−智謀3−水軍4)
監物河内(武勇2−統率3−政治5−智謀7−水軍3)

■「古河公方」が依然として権威持っていたが、足利政氏と子の足利高基が不和になると、 足利高基の弟足利義明が真里谷武田家により下総小弓城に迎えられ、南関東諸候の統合の象徴として急速に台頭する。 「小弓公方」は、古河公方と激しく対立し、相模北條家や両上杉家を巻き込み関東戦国史に新たな混迷をもたらしたのである。
★1534年シナリオでは、とにかく厳しい状況であるが、国府台合戦で相模北條家を打破れるかどうかで先が決まる。相模北條家以外にも周りには宿敵揃い。しかも自国領土は少なく臣従大名ばかり。鞍替えされてしまっては勝ち目はないが、もし離反が続いたら自ら強国へ従属して領土を少しずつ広げる以外にない。

安房里見家 [安房] 安房里見家 難易度A
武将数:26人 城数:37

当主名 里見義尭(武勇−統率6−政治5−智謀−水軍)
注目武将
里見義尭(武勇−統率6−政治5−智謀−水軍)
土岐為元(武勇7−統率5−政治5−智謀6−水軍3)
堀江頼通(武勇2−統率3−政治7−智謀6−水軍3)
市川玄東斎(武勇2−統率3−政治6−智謀7−水軍3)
正木時茂(武勇7−統率5−政治2−智謀4−水軍3)

■上野新田郡を本貫地とする新田一族である里見家は、 里見義尭里見義弘父子の時代に全盛を迎え、上杉謙信武田信玄と同盟して相模北條家の関東制覇に対抗した。
★1534年シナリオの里見家は、そんな相模北條家とは不戦同盟を結んでいるので、一気に下総へ攻め込める。 相模北條家をとことん苦しめた実力は間違いなく、難易度はA。

[武蔵] 扇谷上杉家 難易度D
武将数:26人 城数:25

扇谷上杉家
当主名 上杉朝興(武勇5−統率6−政治5−智謀7−水軍3)
注目武将
上杉朝興(武勇5−統率6−政治5−智謀7−水軍3)
上田朝直(武勇5−統率5−政治7−智謀6−水軍3)
丹綱重(武勇4−統率3−政治4−智謀−水軍3)
太田資正(武勇−政治5−智謀6−水軍3)

太田道真太田道灌父子の活躍により、瞬く間に武蔵・相模の豪族を従えて、山内上杉家に拮抗する勢力を築き上げたのである。 これ以降、両家の抗争は数十年に及び、双方ともに衰退していく。
★相模北條家が怒涛の攻撃を仕掛けてくるのでそれを喰い止められるかが鍵となる。

山内上杉家 [上野] 山内上杉家 難易度B
武将数:82人 城数:137

当主名 上杉憲寛(武勇2−統率3−政治6−智謀2−水軍3)
注目武将
上泉信綱(武勇−統率5−政治1−智謀5−水軍3)
長野業正(武勇−統率−政治4−智謀−水軍3)
長野無楽斎(武勇−政治1−智謀1−水軍3)
金井秀景(武勇7−政治1−智謀6−水軍3)
那波宗安(武勇7−政治4−智謀2−水軍3)
岸信保(武勇7−統率4−政治1−智謀2−水軍3)
安中忠政(武勇6−政治4−智謀3−水軍3)
沼田顕泰(武勇7−政治3−智謀4−水軍3)
沼田祐光(武勇5−政治6−智謀7−水軍3)
名胡桃景憲(武勇4−政治−智謀5−水軍3)
羽尾幸光(武勇7−政治4−智謀3−水軍3)
羽尾輝幸(武勇−政治4−智謀2−水軍3)
池田重安(武勇7−政治5−智謀4−水軍3)
疋田景兼(武勇−政治1−智謀1−水軍3)
小幡憲重(武勇7−政治2−智謀7−水軍3)
友松氏宗(武勇−統率3−政治5−智謀2−水軍3)
樋口高重(武勇7−統率3−政治2−智謀3−水軍3)
樋口兼重(武勇7−統率3−政治1−智謀2−水軍3)
小笠原氏隆(武勇7−統率3−政治3−智謀3−水軍3)
村上権左衛門(武勇7−統率3−政治3−智謀5−水軍3)

■足利家の姻戚の上杉家は、関東管領として東国の政務を仕切っていたが、中でも山内に屋敷を構えた山内上杉家が上野、武蔵、伊豆守護を兼任し最も有力であった。 しかし庶流の扇谷上杉家が名将・太田道灌の活躍によって急速に台頭し、両上杉家は数十年争うこととなる。 しかし、この抗争が無意味なものであることを知るのが遅すぎて、気づいたときには滅亡が目の前にきていた。
★当主は上杉憲政ではなく、上杉憲寛であるが、どちらにしても、やはり新興勢力の相模北條家に対抗するのはかなり難しい。

[相模] 相模北條家 難易度A
武将数:140人 城数:162

相模北條家
当主名 北條氏綱(武勇−統率−政治−智謀−水軍3)
注目武将
北條氏康(武勇−統率−政治−智謀−水軍3)
北條氏綱(武勇−統率−政治−智謀−水軍3)
北條氏照(武勇7−政治5−智謀5−水軍3)
北條氏尭(武勇7−政治7−智謀5−水軍3)
北條幻庵(武勇3−統率4−政治−智謀7−水軍3)
大道寺盛昌(武勇6−統率5−政治7−智謀4−水軍3)
大道寺政繁(武勇5−統率6−政治−智謀6−水軍3)
松田憲秀(武勇2−政治7−智謀−水軍3)
吉良頼康(武勇2−統率3−政治−智謀3−水軍3)
板部岡江雪斎(武勇1−政治−智謀7−水軍3)
村岡十郎左衛門(武勇5−統率5−政治−智謀−水軍3)
村岡実康(武勇6−統率5−政治7−智謀−水軍3)
村岡貞康(武勇5−政治7−智謀6−水軍3)
多目元忠(武勇5−統率6−政治2−智謀−水軍3)
笠原氏重(武勇4−統率5−政治3−智謀7−水軍3)
笠原信為(武勇4−統率6−政治1−智謀−水軍3)
安藤良整(武勇2−統率3−政治−智謀3−水軍3)
中山家範(武勇−政治2−智謀6−水軍3)
石巻家貞(武勇2−統率3−政治−智謀4−水軍3)
石巻天用院(武勇1−政治−智謀3−水軍3)
太田康資(武勇7−政治2−智謀2−水軍3)
根来金石斎(武勇4−統率3−政治1−智謀−水軍3)
太田正勝(武勇3−統率3−政治7−智謀3−水軍3)
太田康資(武勇7−政治2−智謀2−水軍3)
風魔小太郎(武勇7−統率4−政治4−智謀−水軍3)
風魔小太郎(武勇−政治1−智謀−水軍3)
南条昌治(武勇4−統率3−政治7−智謀3−水軍3)
三浦茂正(武勇5−統率3−政治3−智謀3−水軍7)

■何処の馬の骨とも分からない素浪人が関東に流れ着き、またたく間に戦国大名に伸し上ったと説かれてきた。 しかし、現在では備中高越城主の伊勢盛定の子である伊勢盛時こそが後の北條早雲であり、京都に上り幕府に仕官した後に関東に下ってきたことがほぼ明らかになっている。
★能力の高い武将が揃っている上に最初は領土も狭いので初心者向けNo.1であろう。

甲斐武田家 [甲斐] 甲斐武田家 難易度C
武将数:137人 城数:64

当主名 武田信虎(武勇−統率6−政治6−智謀6−水軍3)
注目武将
武田信虎(武勇−統率6−政治6−智謀6−水軍3)
武田晴信(武勇−統率−政治−智謀−水軍3)
武田義信(武勇7−政治6−智謀3−水軍3)
武田勝頼(武勇−政治5−智謀2−水軍3)
武田信繁(武勇−政治−智謀7−水軍3)
武田盛信(武勇7−政治5−智謀4−水軍3)
武田信光(武勇7−政治2−智謀2−水軍3)
板垣信方(武勇−統率7−政治6−智謀6−水軍3)
板垣信憲(武勇5−統率4−政治7−智謀3−水軍3)
甘利虎泰(武勇−統率7−政治5−智謀7−水軍3)
甘利昌忠(武勇6−政治−智謀6−水軍3)
駒井高白斎(武勇6−統率6−政治6−智謀−水軍3)
駒井昌直(武勇5−統率5−政治7−智謀7−水軍3)
飫富虎昌(武勇−統率7−政治5−智謀6−水軍3)
飫富昌景(武勇−統率7−政治7−智謀7−水軍3)
諸角虎定(武勇7−統率6−政治6−智謀6−水軍3)
日向昌時(武勇7−統率5−政治6−智謀5−水軍3)
上原昌辰(武勇7−統率6−政治7−智謀5−水軍3)
上原昌行(武勇7−政治6−智謀4−水軍3)
秋山信友(武勇−政治7−智謀6−水軍3)
栗原詮冬(武勇7−政治4−智謀4−水軍3)
三枝守友(武勇7−政治4−智謀4−水軍3)
初鹿野高利(武勇7−統率4−政治3−智謀2−水軍3)
原昌俊(武勇5−統率5−政治7−智謀6−水軍3)
原昌胤(武勇6−政治−智謀5−水軍3)
内藤虎資(武勇4−統率4−政治7−智謀7−水軍3)
小宮山昌友(武勇5−統率5−政治7−智謀5−水軍3)
加藤虎景(武勇7−統率6−政治4−智謀6−水軍3)
加藤景忠(武勇6−政治2−智謀−水軍3)
米倉重継(武勇6−統率6−政治3−智謀7−水軍3)
穴山信友(武勇6−統率6−政治7−智謀6−水軍3)
穴山信君(武勇4−統率6−政治−智謀7−水軍3)
今福浄閑斎(武勇5−統率5−政治−智謀4−水軍3)
金丸昌次(武勇7−政治4−智謀5−水軍3)
小原広勝(武勇7−政治2−智謀3−水軍3)
曽根虎長(武勇6−統率6−政治7−智謀5−水軍3)
曽根昌世(武勇5−統率6−政治7−智謀−水軍3)
工藤虎豊(武勇6−統率6−政治7−智謀6−水軍3)
工藤昌豊(武勇7−統率7−政治−智謀−水軍3)
原虎胤(武勇−統率5−政治2−智謀4−水軍3)
原貞胤(武勇7−政治4−智謀4−水軍3)
横田高松(武勇7−統率6−政治3−智謀7−水軍3)
小幡虎盛(武勇7−統率6−政治3−智謀6−水軍3)
小幡昌盛(武勇7−統率5−政治4−智謀5−水軍3)
多田満頼(武勇7−統率5−政治2−智謀−水軍3)
教来石信房(武勇−統率7−政治−智謀−水軍3)
春日虎綱(武勇−統率7−政治7−智謀7−水軍3)
小山田信茂(武勇6−政治7−智謀7−水軍3)
曲淵吉景(武勇7−統率3−政治1−智謀2−水軍3)
広瀬景昌(武勇5−統率5−政治7−智謀6−水軍3)
青木満懸(武勇3−統率3−政治7−智謀2−水軍3)
岐秀玄伯(武勇1−統率3−政治−智謀7−水軍3)
金春長安(武勇1−政治−智謀6−水軍3)

■甲斐守護職を歴任してきた甲斐武田氏だが、甲斐は国人一揆の力が強く、必ずしも一国全てを掌握していたわけではなかった。1416年には上杉禅秀の乱に加担して国を追われ、存亡の危機にまで立たされている。 このときは武田信重が帰国して逸見氏ら国人を駆遂し、危うく難を逃れた。その後も領国経営の苦難と試練の道程は続き、守護から戦国大名に転進できたのは、武田信虎の時代であった。
★相模北條家や駿河今川家と宿敵が周りを囲む厳しい状況。だが家臣の優秀さは天下一。優秀な家臣たちを存分に暴れ回せられる。

[信濃] 桑原諏訪家 難易度C
武将数:48人 城数:95

桑原諏訪家
当主名 諏訪頼満(武勇−統率−政治7−智謀−水軍3)
注目武将
諏訪頼満(武勇−統率−政治7−智謀−水軍3)
諏訪頼重(武勇7−統率6−政治3−智謀1−水軍3)
高家継満(武勇7−統率7−政治−智謀−水軍3)
高遠満茂(武勇4−統率5−政治7−智謀5−水軍3)
高遠頼宗(武勇5−統率5−政治7−智謀6−水軍3)
花岡昌直(武勇3−統率3−政治7−智謀2−水軍3)

■諏訪氏は代々諏訪大社の大祝をつとめてきた信濃の古族であるが、次第に武力をも合わせ持ち、戦国期、諏訪頼満の代になると諏訪郡を領国化して戦国大名として歩み始める。 しかし、隣国の甲斐でも武田氏が台頭し、一進一退の攻防が繰り広げられた。
★甲斐武田家に比べて城数は勝っているものの武将数やその能力はかなり劣る。だが、まだ当主が諏訪頼満なので、諏訪頼満が生きているうちにのし上がろう!!

信濃大井家 [信濃] 信濃大井家 難易度C
武将数:32人 城数:47

当主名 大井貞隆(武勇4−統率5−政治4−智謀5−水軍3)
注目武将
平賀源心斎(武勇−統率6−政治2−智謀4−水軍3)
笠原清繁(武勇7−統率6−政治2−智謀5−水軍3)
小田井又六郎(武勇7−統率4−政治2−智謀5−水軍3)
市川昌房(武勇5−統率5−政治7−智謀4−水軍3)
相木昌朝(武勇7−統率5−政治2−智謀2−水軍3)

■村上氏に従い武田氏と戦いつづけ、ときには武田氏に属したが再び叛き戦いを繰り返してきた。そして後に武田晴信の猛攻の前に滅亡していく。
★武将数も城数もそこそこ。城の規模はそれほど高くないので攻められ防戦一方になると厳しい。しかも北には村上氏や海野氏、東には山内上杉氏、西には諏訪氏や小笠原氏、南には甲斐武田氏と強敵ばかりに囲まれている非常に苦しい状況。しかし一つ一つ打ち破っていければ道はひらける。

[信濃] 海野滋野家 難易度B
武将数:49人 城数:56

海野滋野家
当主名 海野棟綱(武勇6−統率6−政治5−智謀4−水軍3)
注目武将
海野幸義(武勇7−統率7−政治2−智謀4−水軍3)
真田綱吉(武勇7−統率7−政治6−智謀6−水軍3)
真田幸隆(武勇7−統率−政治−智謀−水軍3)
真田信綱(武勇−政治4−智謀5−水軍3)
真田昌輝(武勇−政治3−智謀6−水軍3)
真田昌幸(武勇−政治−智謀−水軍3)
真田信幸(武勇6−政治−智謀7−水軍3)
真田幸村(武勇−政治4−智謀−水軍3)
真田大助(武勇7−政治2−智謀3−水軍3)
真田信尹(武勇4−政治7−智謀6−水軍3)
矢沢頼綱(武勇−統率7−政治6−智謀7−水軍3)
矢沢頼康(武勇7−政治6−智謀6−水軍3)
常田隆家(武勇5−統率5−政治−智謀7−水軍3)
常田綱富(武勇5−政治7−智謀4−水軍3)
常田棟吉(武勇5−政治5−智謀7−水軍3)
鎌原幸定(武勇6−統率6−政治7−智謀6−水軍3)
深井棟広(武勇3−統率3−政治−智謀−水軍3)
河原隆正(武勇7−統率6−政治2−智謀5−水軍3)
石井棟喜(武勇4−統率5−政治7−智謀7−水軍3)
夏目兵庫(武勇5−統率5−政治7−智謀6−水軍3)
鎌原幸重(武勇6−統率5−政治7−智謀5−水軍3)
丸子三右衛門(武勇7−政治4−智謀5−水軍3)
湯本善太夫(武勇7−政治3−智謀3−水軍3)
春原若狭守(武勇4−政治3−智謀−水軍3)
尾野山彦六(武勇3−統率3−政治6−智謀7−水軍3)
筧虎秀(武勇7−政治7−智謀5−水軍3)
根津親直(武勇7−統率6−政治3−智謀6−水軍3)
根津政直(武勇5−政治7−智謀6−水軍3)
根津昌綱(武勇7−政治5−智謀6−水軍3)

■滋野一党は東信濃一帯から北信濃や西上野の一部に栄えた豪族で、平安の末期頃から、応仁の乱の頃まで長年勢力をはっていた。 しかし、北信濃の村上義清が次第に勢力を広げ、さらに甲斐の武田信虎が国内統一を遂げて、信濃の佐久へ侵略をはじめるにいたって、滋野一党の前途に翳りが見え始めていた。 南信濃や北信濃、上野などに進出していた滋野一党は独立し、それぞれが独自に国を統治していた。1541年、とうとう滋野一党棟梁海野棟綱武田信虎村上義清諏訪頼重の連合の前に滅亡する。 武田晴信に仕えた真田幸隆が各地に散っていた滋野一党を家臣に引き入れ、その子真田昌幸が海野家にかわって滋野一党を統治するのはずっと先のことである…。
★1534年シナリオでは全武将平均能力値がわりと高い。まだ東信濃を掌握しているので、村上義清を迎え撃ち、再び滋野一党の時代をつくりだそう!!

坂城村上家 [信濃] 坂城村上家 難易度C
武将数:66人 城数:86

当主名 村上義清(武勇−統率−政治5−智謀4−水軍3)
注目武将
村上義清(武勇−統率−政治5−智謀4−水軍3)
村上義正(武勇7−統率4−政治2−智謀3−水軍3)
村上義兼(武勇7−統率5−政治6−智謀5−水軍3)
楽岩寺雅方(武勇6−統率7−政治6−智謀6−水軍3)
楽岩寺光氏(武勇5−統率5−政治7−智謀5−水軍3)
須田信正(武勇5−政治1−智謀7−水軍3)
須田満親(武勇5−政治6−智謀7−水軍3)
薬師寺右近之進(武勇6−統率7−政治7−智謀7−水軍3)
布下雅朝(武勇7−統率6−政治2−智謀3−水軍3)
井上清忠(武勇7−統率5−政治3−智謀3−水軍3)
森村清秀(武勇3−統率4−政治7−智謀6−水軍3)
雨宮刑部(武勇7−統率4−政治2−智謀2−水軍3)
西条義忠(武勇3−統率3−政治7−智謀3−水軍3)
岩井経俊(武勇4−政治7−智謀3−水軍3)
上条織部(武勇3−統率3−政治7−智謀6−水軍3)
南条乾巨(武勇3−政治5−智謀7−水軍3)
出浦盛清(武勇3−政治3−智謀8−水軍3)
落合兵助(武勇−政治1−智謀3−水軍3)
保科正俊(武勇7−統率7−政治4−智謀5−水軍3)
保科正直(武勇5−政治7−智謀5−水軍3)
保科昌月(武勇5−政治3−智謀7−水軍3)

■室町時代、信濃守護職は代々小笠原氏が任命されたが、信濃は独立した国人が各自領国支配を展開していた。中でも鎌倉時代以来、北信濃に勢力をはる村上氏は最強の国人で、入国しようとする小笠原氏を何度も追い出している。 こうして国人たちは自治を守り続けたが、それは悲劇でもあった。一つに結束しなかったので、信濃制覇を目指す武田晴信に各個撃破されてしまったのである。
★越後長尾家と結んで甲斐武田家に対抗しよう。

[信濃] 深志小笠原家 難易度C
武将数:41人 城数:109

深志小笠原家
当主名 小笠原長棟(武勇7−統率7−政治−智謀−水軍3)
注目武将
小笠原長棟(武勇7−統率7−政治−智謀−水軍3)
小笠原定政(武勇7−統率5−政治7−智謀4−水軍3)
小笠原長利(武勇6−統率5−政治7−智謀5−水軍3)
小笠原貞種(武勇4−政治6−智謀8−水軍3)
仁科盛明(武勇4−統率4−政治7−智謀5−水軍3)
太田資忠(武勇7−統率3−政治2−智謀3−水軍3)
田辺国憲(武勇7−統率3−政治2−智謀2−水軍3)
関盛経(武勇7−統率5−政治5−智謀5−水軍3)

■小笠原氏は南北朝期に信濃守護として入部したが、国人統制が上手くいかず、一族も分裂し、充分な領国制を確立できないまま戦国期に突入する。 ようやく小笠原長棟が混乱を収束し、嫡男小笠原長時が名乗りをあげようとするが、武田晴信に大敗する。その後は越後の長尾景虎を頼ったが、小笠原貞慶の代に徳川家康に仕えて近世大名として存続する。
★周りはほぼ不戦同盟状態なので、坂城村上家や飛騨へ攻め込み力を蓄えよう。

信濃木曾家 [信濃] 信濃木曾家 難易度C
武将数:7人 城数:18

当主名 木曾義在(武勇6−統率6−政治−智謀7−水軍3)
注目武将
木曾義在(武勇6−統率6−政治−智謀7−水軍3)
木曾義勝(武勇6−統率7−政治−智謀−水軍3)
木曾玉林(武勇3−統率3−政治7−智謀7−水軍3)

■木曾氏は南北時代以降、信濃木曾谷に勢力を保った領主で、自らは清和源氏の木曾義仲の後裔とするが、後世になってあとづけされたものという。 伊那郡の小笠原氏や飛騨の三木氏と抗争しながら戦国時代を迎え、武田晴信もその動向に気をつかっていたようで、御親類衆の待遇を与えて懐柔しようとした。 だが、武田晴信死後、武田氏の衰えが見えると織田信長に内通し、武田氏を滅亡に導いている。
★強国がひしめく信濃国にあっては武将数も城数もやや少ない。独立したまま領土を広げていくのはかなり厳しい。臣従大名や従属大名がいないため、自ら従属して少しずつ領土を広げるのが得策。

[飛騨] 飛騨三木家 難易度D
武将数:9人 城数:16

飛騨三木家
当主名 三木直頼(武勇6−統率6−政治6−智謀7−水軍3)
注目武将
三木直頼(武勇6−統率6−政治6−智謀7−水軍3)

■山深い飛騨にも例外なく下剋上の嵐は吹き荒れていた。三木氏は、もとは飛騨守護京極氏の被官で、竹原郷の一代官に過ぎなかったが、戦国時代になって5代三木自綱が登場し、戦国大名として雄飛する。 京極氏にとってかわり飛騨における覇権を確立したのである。
★当然周りは大大名が揃っている。独立したまま勢力を広げるのはかなり厳しい。従属を繰り返し領土を広げよう。

上条上杉家 [越後] 上条上杉家 難易度D
武将数:22人 城数:54

当主名 上杉定実(武勇3−統率3−政治6−智謀2−水軍3)
注目武将
上杉定憲(武勇3−統率3−政治4−智謀7−水軍3)
本荘繁長(武勇8−政治2−智謀3−水軍3)
新発田長敦(武勇3−政治7−智謀5−水軍3)
新発田綱貞(武勇4−統率4−政治6−智謀7−水軍3)
山吉豊守(武勇5−政治8−智謀3−水軍3)
吉江資堅(武勇3−政治9−智謀5−水軍3)
竹俣慶綱(武勇6−政治3−智謀7−水軍3)
千坂景親(武勇7−政治6−智謀5−水軍3)
鯵坂長実(武勇7−政治3−智謀3−水軍3)

■上条氏は越後守護上杉房方の子上杉清方を祖とし、刈羽郡上条城を本拠地とする。 上条家は越後上杉家中で最も有力な家系で、上杉清方の子上杉房定は、越後守護を相続し、国内の検地を行って守護領国支配を強め、越後上杉氏の全盛を築いたほどである。
★東越後に多く城を領しいるので、本荘家や新発田家を上手く味方につけ、越後長尾家に対抗しよう。 越後長尾家と手を切ればかなり難しいが、どうしても宿敵長尾為景と争う宿命にある…。

[越後] 越後長尾家 難易度C
武将数:69人 城数:107

越後長尾家
当主名 長尾為景(武勇−政治6−智謀4−水軍3)
注目武将
長尾為景(武勇−統率−政治6−智謀4−水軍3)
長尾景虎(武勇10−政治6−智謀6−水軍3)
長尾景勝(武勇7−政治7−智謀6−水軍3)
宇佐美定満(武勇7−統率7−政治5−智謀−水軍3)
柿崎景家(武勇−統率5−政治2−智謀1−水軍3)
柿崎晴家(武勇−政治2−智謀1−水軍3)
北条高広(武勇7−統率5−政治3−智謀3−水軍3)
中条藤資(武勇−政治7−智謀−水軍3)
斎藤朝信(武勇7−政治6−智謀6−水軍3)
直江実綱(武勇6−統率6−政治−智謀−水軍3)
樋口兼続(武勇7−政治−智謀7−水軍3)
大熊朝秀(武勇2−統率4−政治−智謀7−水軍3)
大熊朝友(武勇5−政治−智謀4−水軍3)
大熊長秀(武勇5−政治7−智謀4−水軍3)
河田政親(武勇2−政治7−智謀3−水軍3)
河田長親(武勇5−政治5−智謀7−水軍3)
荻原掃部(武勇5−統率4−政治7−智謀3−水軍3)
山本豊守(武勇5−統率5−政治5−智謀7−水軍3)
金津義舊(武勇7−統率6−政治3−智謀3−水軍3)
山本寺定長(武勇7−政治2−智謀2−水軍3)
小島弥太郎(武勇−政治1−智謀1−水軍3)
甘糟景持(武勇5−政治−智謀6−水軍3)

■相模を本拠としていた長尾氏は、桓武平氏の流れをくむ平安時代以来の名門だが、歴史の舞台に登場するようになるのは、越後守護の上杉氏の家臣になってからである。 上杉氏は在京することが多く、もっぱら現地では守護代の長尾氏が実務を担当していたため、徐々に地域に勢力を浸透させることができた。 そして一気に雄飛するのが、戦国の初め、長尾為景のときである。
長尾景虎が元服したら先陣として出陣させよう。 大将に宇佐美定満直江実綱などを用いて采配を振るわせれば怖いものなし!!

越中神保家 [越中] 越中神保家 難易度D
武将数:10人 城数:14

当主名 神保長職(武勇5−政治6−智謀5−水軍3)
注目武将
斎藤信利(武勇7−政治4−智謀6−水軍3)
江崎但馬守(武勇8−統率5−政治1−智謀2−水軍3)

■神保家は越中守護畠山氏の重臣の家柄で、代々守護代をつとめていた。 応仁の乱以降、越中では畠山氏の力が後退したために神保長誠が国人や土豪たちの把握に成功し、京都を追われた将軍足利義材を一時迎え入れたこともあった。 だが、その後は国内が混乱し、加賀の一向一揆や越後の長尾氏、信濃からは武田氏が越中を狙い、大勢力の草刈り場となってしまったのである。
★越後長尾家と加賀本願寺に囲まれ非常に厳しい状況。越後長尾家と加賀本願寺両方と同盟を組んでいる大名に従属して飛騨へ攻め込むのも一つの手。 しかし、臣従大名を捨てざるを得ないので、加賀本願寺や越後長尾家にあえて攻めさせて滅ぼさせることで武将だけ手に入れるのもいいだろう。

[能登] 能登畠山家 難易度C
武将数:35人 城数:41

能登畠山家
当主名 畠山義総(武勇6−統率6−政治9−智謀8−水軍3)
注目武将
畠山義総(武勇6−統率6−政治9−智謀8−水軍3)
畠山政繁(武勇5−政治5−智謀5−水軍3)
温井総貞(武勇4−統率4−政治5−智謀7−水軍3)
温井景隆(武勇3−政治6−智謀7−水軍3)
平続連(武勇5−政治5−智謀6−水軍3)
三宅総賢(武勇7−統率5−政治5−智謀3−水軍3)
飯川光誠(武勇5−政治7−智謀4−水軍3)
今井綱秀(武勇2−政治7−智謀3−水軍3)
伊丹総堅(武勇6−政治6−智謀5−水軍3)

■室町幕府で細川家、斯波家と並ぶ管領の地位にあった畠山家は、つねに数カ国の守護職を有する家柄であった。1408年、その分国の一つである能登では、庶流が守護職を相伝することとなった。 以後、能登畠山家は応仁の乱を経て京都から領国能登に下向し、本格的に戦国大名を目指す。特に畠山義総の代には、居城七尾城を中心に京文化を開花させたが、重臣たちの抗争をおさえられず衰亡した。
★加賀本願寺の侵攻を防げれば天下は狙える!!

加賀本願寺 [加賀] 加賀本願寺 難易度A
武将数:116人 城数:76

当主名 光教寺顕誓(武勇2−統率3−政治7−智謀4−水軍3)
注目武将
光教寺顕誓(武勇2−統率3−政治7−智謀4−水軍3)
本願寺証如(武勇7−統率7−政治−智謀6−水軍3)
本願寺顕如(武勇−政治−智謀−水軍3)
本願寺教如(武勇6−政治7−智謀6−水軍3)
願証寺蓮淳(武勇7−統率7−政治−智謀−水軍3)
願証寺証恵(武勇6−統率6−政治7−智謀5−水軍3)
下間頼廉(武勇−政治2−智謀−水軍3)
下間頼慶(武勇5−統率6−政治−智謀−水軍3)
下間仲孝(武勇5−政治6−智謀7−水軍3)
三好利長(武勇7−統率6−政治1−智謀4−水軍3)
服部友貞(武勇7−統率6−政治2−智謀5−水軍3)
湯川光春(武勇5−統率5−政治5−智謀4−水軍7)
太田宗久(武勇6−統率6−政治2−智謀5−水軍7)

■本願寺は親鸞が開いた浄土真宗(一向宗)の宗派の一つである。15世紀後半、第8世法主蓮如のときに全国に広がり、門徒による一揆が各地で起こった。 1488年には加賀一向一揆が守護富樫政親を倒し、それ以降約100年の間、加賀は一向宗徒の国となる。 だが、織田信長によって各地の一揆が次々と鎮圧され、本拠石山御坊も長年の抗争の末、実質的に敗北するのである。
★民兵である門徒衆が多いため、平均能力値は政治と智謀が明らかに低いが、有能な武将も比較的揃っている。兵の数では全国でもトップクラス!! さらに、ものすごい軍資金を持っているので、貿易、外交、鉄砲購入で軍備を繰り返し、能登畠山家や越前朝倉家を打倒し、宿敵織田家を迎え撃とう!!

[越前] 越前朝倉家 難易度C
武将数:45人 城数:46

越前朝倉家
当主名 朝倉孝景(武勇−統率−政治−智謀−水軍3)
注目武将
朝倉孝景(武勇−統率−政治−智謀−水軍3)
朝倉宗滴(武勇−統率−政治7−智謀−水軍3)
朝倉景伝(武勇5−統率5−政治7−智謀7−水軍3)
朝倉景連(武勇5−統率5−政治6−智謀7−水軍3)
朝倉政元(武勇3−政治4−智謀7−水軍3)
山崎重政(武勇−政治1−智謀4−水軍3)
山崎景成(武勇7−政治1−智謀2−水軍3)
富田景政(武勇−政治1−智謀4−水軍3)
富田吉清(武勇2−統率3−政治7−智謀5−水軍3)
真柄直隆(武勇−政治1−智謀2−水軍3)
真柄直澄(武勇−政治1−智謀3−水軍3)
魚住景固(武勇2−政治7−智謀3−水軍3)
青木景康(武勇4−統率4−政治−智謀5−水軍3)
小泉長利(武勇2−政治−智謀1−水軍3)
半田吉就(武勇3−政治7−智謀4−水軍3)
河合吉統(武勇3−政治7−智謀5−水軍3)
栂野吉仍(武勇2−政治−智謀2−水軍3)

■先祖は但馬国朝倉荘から出た日下部氏の一族である。越前国の守護斯波氏の守護代として勢力を伸ばし、 戦国大名として初代とされる朝倉孝景は実力・合理主義を家臣に徹底させ、一乗谷館を拠点に越前に君臨した。 後には都から公家を招き「朝倉文化」と呼ばれる京風の武家文化を創造しながら、 外交策では石山本願寺と抗争の末に手を結ぶなど、織田信長にとっては目の上のコブに近い存在だった。
★何万もの大軍勢を率いる本願寺と激突するスリリングを味わうにはシナリオ一と言えるだろう。 朝倉孝景朝倉宗滴がまだ健在なので、彼らが生きているうちに本願寺を打倒し、天下への足がかりをつくろう。

若狭武田家 [若狭] 若狭武田家 難易度D
武将数:25人 城数:20

当主名 武田元光(武勇3−統率5−政治6−智謀5−水軍3)
注目武将
山縣頼冬(武勇3−統率3−政治7−智謀6−水軍3)
武藤友益(武勇7−統率7−政治5−智謀5−水軍3)
小河吉持(武勇2−統率3−政治−智謀4−水軍3)

■1440年に将軍足利義教の命を受けた武田信栄が若狭守護一色義貫を討ち、その功によって若狭守護職を与えられたことに始まる。 京都に近接する若狭はつねに中央情勢に左右され、将軍の命令で対外出兵が続いた。このため、中々領国支配に力を注ぐことができず、土一揆や国人反乱も頻繁し、 守護から戦国大名に脱皮できないまま、1568年に越前浅倉氏の侵攻を受けて滅亡した。
★戦国大名としてはあまりにも弱いので、かなり厳しい状況だ。しかし、足利将軍家に隣接しているので、西に攻め入るなり、外交で乗り切れれば十分に天下も狙える。 もし強大名が侵攻してきたらそれに従ってでも、時を待ち、少しずつ領土を拡大していこう。

[駿河] 駿河今川家 難易度B
武将数:73人 城数:78

駿河今川家
当主名 今川氏輝(武勇6−統率6−政治7−智謀7−水軍3)
注目武将
今川氏輝(武勇6−統率6−政治7−智謀7−水軍3)
今川義元(武勇−統率7−政治−智謀7−水軍3)
今川良真(武勇6−統率6−政治6−智謀7−水軍3)
太原雪斎(武勇−統率−政治−智謀−水軍3)
瀬名氏俊(武勇7−統率6−政治7−智謀5−水軍3)
瀬名親永(武勇2−統率3−政治7−智謀6−水軍3)
瀬名氏心(武勇7−政治3−智謀3−水軍3)
福島正成(武勇−統率−政治2−智謀7−水軍3)
福島綱成(武勇−統率−政治5−智謀−水軍3)
福島勝広(武勇−統率5−政治1−智謀4−水軍3)
福島康成(武勇−政治2−智謀4−水軍3)
小笠原長高(武勇5−統率7−政治5−智謀5−水軍3)
小笠原長忠(武勇7−政治1−智謀3−水軍3)
小笠原長治(武勇−政治1−智謀1−水軍3)
朝比奈泰朝(武勇7−政治3−智謀4−水軍3)
岡部元信(武勇7−政治1−智謀3−水軍3)
由比光澄(武勇2−統率3−政治−智謀5−水軍3)
一宮宗是(武勇7−統率5−政治3−智謀5−水軍3)
大原資良(武勇4−統率3−政治6−智謀7−水軍3)
丸尾義清(武勇7−政治1−智謀2−水軍3)
東谷宗杲(武勇3−統率3−政治7−智謀5−水軍3)
大河内信綱(武勇5−政治6−智謀7−水軍3)
御宿勘兵衛(武勇7−政治2−智謀5−水軍3)
山本勘助(武勇−統率−政治5−智謀−水軍3)

■今川氏は、今川義元が桶狭間で織田信長の前に呆気ない最期を遂げ、次の今川氏真も武将の資質を欠いていたため、一般に強風文化に溺れた軟弱な大名といったイメージで捉えられている。 だが、実際の今川氏は領内の検地を行い、分国法を制定し、金山開発や楽市令を実施するなど、最も先進的な領地政策を進めていた大名家なのである。 それでも戦国の荒波を乗り切ることはできなかった。
★まだ今川義元の兄今川氏輝が当主である。太原雪斎今川義元を最前線に出陣させ、松平家や織田家を倒そう!!

岡崎松平家 [三河] 岡崎松平家 難易度D
武将数:73人 城数:59

当主名 松平清康(武勇−統率−政治7−智謀−水軍3)
注目武将
松平清康(武勇−統率−政治7−智謀−水軍3)
松平元信(武勇−政治−智謀−水軍3)
松平信康(武勇7−政治4−智謀5−水軍3)
松平秀康(武勇7−政治4−智謀1−水軍3)
松平秀忠(武勇2−政治7−智謀7−水軍3)
松平長忠(武勇7−政治6−智謀5−水軍3)
松平忠直(武勇7−政治4−智謀3−水軍3)
松平重吉(武勇5−統率5−政治7−智謀5−水軍3)
松平正之(武勇3−政治−智謀6−水軍3)
松平家光(武勇6−政治−智謀5−水軍3)
林羅山(武勇1−政治7−智謀−水軍3)
水野信元(武勇4−政治7−智謀4−水軍3)
水野勝成(武勇7−政治5−智謀5−水軍3)
水野利勝(武勇1−政治−智謀7−水軍3)
水野忠重(武勇3−政治7−智謀5−水軍3)
阿部定吉(武勇5−統率6−政治7−智謀7−水軍3)
石川数正(武勇5−政治−智謀7−水軍3)
本多正信(武勇2−政治−智謀−水軍3)
本多俊正(武勇4−統率5−政治7−智謀6−水軍3)
本多正純(武勇1−政治−智謀−水軍3)
本多広孝(武勇4−政治3−智謀7−水軍3)
本多忠重(武勇7−政治1−智謀2−水軍3)
本多康重(武勇7−政治2−智謀1−水軍3)
本多正重(武勇7−政治3−智謀6−水軍3)
本多忠高(武勇7−統率5−政治2−智謀3−水軍3)
本多忠勝(武勇−政治5−智謀6−水軍3)
酒井忠世(武勇3−政治7−智謀6−水軍3)
酒井忠親(武勇7−統率6−政治4−智謀3−水軍3)
酒井忠次(武勇−政治7−智謀6−水軍3)
酒井忠勝(武勇3−政治−智謀6−水軍3)
井伊直政(武勇−政治7−智謀6−水軍3)
井伊直継(武勇2−政治7−智謀3−水軍3)
榊原清長(武勇7−統率6−政治7−智謀5−水軍3)
榊原康政(武勇−政治5−智謀5−水軍3)
板倉勝重(武勇2−政治−智謀7−水軍3)
板倉重宗(武勇4−政治7−智謀7−水軍3)
加藤教明(武勇5−政治7−智謀6−水軍3)
加藤嘉明(武勇7−政治5−智謀4−水軍3)
服部保長(武勇−統率7−政治1−智謀−水軍3)
服部半蔵(武勇−政治3−智謀−水軍3)
蜂屋貞次(武勇7−政治2−智謀1−水軍3)
鳥居元忠(武勇7−政治1−智謀3−水軍3)
鳥居忠広(武勇6−政治1−智謀7−水軍3)
天野康景(武勇3−政治−智謀3−水軍3)
伊奈忠次(武勇1−政治−智謀2−水軍3)
高力清長(武勇3−政治−智謀2−水軍3)
渡辺守綱(武勇7−政治1−智謀2−水軍3)
鈴木重辰(武勇−統率6−政治1−智謀4−水軍3)
青木一重(武勇7−政治5−智謀6−水軍3)
足立重信(武勇7−政治6−智謀5−水軍3)

■15世紀前半に徳阿弥という僧が三河国松平郷を訪れ、土豪の松平家に婿入りして還俗し、松平親氏と名乗ったのが起源である。 松平親氏は周辺の土豪を従えて勢力を伸ばし、3代松平信光のときに安祥城を奪取して西三河に基盤を築いた。 7代松平清康死後は衰退し、隣国今川氏の勢力下に置かれたが、9代松平元信(元康)が今川家から独立を果たし、清和源氏新田氏庶流の祖父が名乗ったという徳川姓に復帰した。
松平清康がまだ何とか生きている状態だ。松平広忠の代から今川家に従属することになる。松平家としては、彼が最後の当主となる。 三河の兵の割には武勇の平均値が馬鹿に高い!!これだけいい家臣がいるので、まだ再起は可能だ。 松平清康が生きている数ヶ月のうちに今川家や織田家を打倒して、生き残りをはかろう。

[尾張] 勝幡織田家 難易度B
武将数:48人 城数:36

勝幡織田家
当主名 織田信秀(武勇−統率−政治4−智謀4−水軍3)
注目武将
織田信秀(武勇−統率−政治4−智謀4−水軍3)
織田信広(武勇7−統率6−政治3−智謀3−水軍3)
織田秀俊(武勇5−統率5−政治−智謀2−水軍3)
織田信長(武勇−政治−智謀−水軍3)
織田信忠(武勇7−政治6−智謀5−水軍3)
織田信行(武勇4−政治7−智謀2−水軍3)
織田信光(武勇6−統率6−政治7−智謀6−水軍3)
織田広信(武勇3−政治4−智謀7−水軍3)
織田信辰(武勇7−政治2−智謀2−水軍3)
織田宗円(武勇7−政治1−智謀1−水軍3)
平手政秀(武勇4−統率5−政治−智謀7−水軍3)
下方貞清(武勇−政治5−智謀5−水軍3)
池田恒興(武勇7−政治6−智謀5−水軍3)
池田元助(武勇−政治3−智謀2−水軍3)
池田輝政(武勇7−政治7−智謀6−水軍3)
池田利隆(武勇5−政治7−智謀6−水軍3)
柴田勝家(武勇−統率7−政治6−智謀5−水軍3)
松井友閑(武勇2−政治−智謀1−水軍3)
丹羽長秀(武勇6−政治−智謀7−水軍3)
佐久間盛政(武勇7−政治2−智謀2−水軍3)
佐久間盛重(武勇7−統率6−政治3−智謀1−水軍3)
佐久間正勝(武勇5−政治7−智謀4−水軍3)
佐久間信栄(武勇4−政治7−智謀3−水軍3)
林秀貞(武勇3−統率4−政治7−智謀−水軍3)
林光時(武勇7−政治4−智謀5−水軍3)
林通政(武勇7−政治2−智謀1−水軍3)
村井貞勝(武勇1−政治−智謀7−水軍3)
前田利久(武勇2−政治−智謀1−水軍3)
前田利家(武勇−政治7−智謀6−水軍3)
前田良之(武勇7−政治3−智謀4−水軍3)
前田利常(武勇6−政治7−智謀7−水軍3)
前田利玄(武勇7−政治3−智謀2−水軍3)
佐々成政(武勇−政治3−智謀4−水軍3)
佐々政次(武勇7−政治3−智謀1−水軍3)
佐々成経(武勇7−政治1−智謀5−水軍3)
佐々信宗(武勇7−政治3−智謀3−水軍3)
佐々長縄(武勇1−政治−智謀4−水軍3)
坂源兵衛(武勇−政治3−智謀7−水軍3)
坂源次郎(武勇−政治7−智謀−水軍3)
平野長泰(武勇7−政治4−智謀5−水軍3)
飯尾近江守(武勇2−統率4−政治7−智謀5−水軍3)
道化清十郎(武勇7−政治1−智謀2−水軍3)
森寺清右衛門(武勇7−政治3−智謀6−水軍3)
森寺藤左衛門(武勇6−統率6−政治5−智謀7−水軍3)
拝郷家嘉(武勇6−政治5−智謀7−水軍3)
毛利勝信(武勇7−政治4−智謀5−水軍3)
兼松正吉(武勇7−政治1−智謀3−水軍3)
大津長昌(武勇2−政治−智謀3−水軍3)
長谷川秀一(武勇5−政治−智謀6−水軍3)
芝山宗綱(武勇2−政治−智謀3−水軍3)
森本儀太夫(武勇3−政治−智謀6−水軍3)
岡本良勝(武勇5−政治7−智謀5−水軍3)
牧村利貞(武勇2−政治7−智謀6−水軍3)
神子田正治(武勇4−政治3−智謀7−水軍3)
河尻秀隆(武勇7−政治2−智謀3−水軍3)
前野長康(武勇7−政治3−智謀6−水軍3)
蜂須賀正勝(武勇−政治7−智謀−水軍3)
蜂須賀家政(武勇6−政治7−智謀−水軍3)
蜂須賀至鎮(武勇6−政治6−智謀7−水軍3)
杉原家次(武勇2−政治7−智謀4−水軍3)
安井長吉(武勇6−政治7−智謀6−水軍3)
佐治為平(武勇4−政治7−智謀7−水軍3)
塙安友(武勇4−政治6−智謀7−水軍3)
飯田覚兵衛(武勇7−政治2−智謀6−水軍3)
加藤清正(武勇−政治6−智謀5−水軍3)
福島正則(武勇−政治4−智謀3−水軍3)
福島高晴(武勇7−政治4−智謀4−水軍3)
片桐長一(武勇7−政治3−智謀3−水軍3)
堀久太郎(武勇6−政治7−智謀7−水軍3)
奥村永福(武勇7−政治6−智謀5−水軍3)
木下藤吉郎(武勇7−政治−智謀−水軍3)
木下小一郎(武勇7−政治−智謀−水軍3)
木下秀保(武勇4−政治−智謀3−水軍3)
木下秀俊(武勇6−政治7−智謀4−水軍3)
井口太郎左衛門(武勇3−統率5−政治6−智謀−水軍3)
村井長八郎(武勇−政治1−智謀1−水軍3)
沢彦禅師(武勇1−統率3−政治7−智謀6−水軍3)

■越前守護斯波氏の被官だったが、斯波氏が尾張守護を兼ねるにあたって尾張に移転し、守護代となる。 その後、応仁の乱の余派で家中が分裂し、尾張の上四郡を岩倉織田家、下四郡を清州織田家が治めた。織田信長の家系はさらに清州織田家から分かれたもので、三奉行の一人として本家の実務を担っていた。 織田信秀の代になると本家をしのぐほどの勢いとなり、事実上、尾張の支配者となったのである。
★注目武将の多さはシナリオ一。それだけ優秀な武将も多いということだ。初心者にも最も天下統一するには楽な大名といっていい。 しかし美濃斎藤家や岡崎松平家、駿河今川家と強敵に囲まれているので気を抜くとやられてしまう。逆にそれら強敵をつぶしてしまえば、一気にいけるだろう。

大桑土岐家 [美濃] 大桑土岐家 難易度E
武将数:20人 城数:9

当主名 土岐頼武(武勇1−統率3−政治3−智謀4−水軍3)
注目武将
土岐定頼(武勇5−統率6−政治7−智謀6−水軍3)
小里光明(武勇4−統率5−政治7−智謀4−水軍3)
明智光安(武勇6−統率6−政治6−智謀7−水軍3)
明智光秀(武勇6−政治−智謀−水軍3)

■清和源氏源頼光の子孫源光衡が美濃国土岐郡に土着して土岐姓を名乗ったのが始まりとされる。 その後は勢力を拡大し、足利幕府創立時には土岐頼貞足利尊氏のもとで戦功をあげ、美濃守護に就任する。 その孫土岐頼康のときには尾張、伊勢の守護も兼ねるほど勢力を拡大するが、次代南北朝時代の土岐康行が反乱を起こして幕府に討たれ、美濃一国に戻った。 その後土岐家が衰退すると守護代として斎藤家が台頭し、美濃の実権を失う。斎藤家は、代々美濃守護土岐家の家臣として仕えていた家系である。 斎藤利藤の代にライバル富島氏を滅ぼして美濃の実権を握った。だが、その後も美濃国内では権力闘争が止まらず、国政は安定しなかった。 そんなときに現れたのが、土岐家の有力家臣長井家を乗っ取った西村勘九郎、後の斎藤道三だったのである。
★北には越前朝倉氏、そして周りは美濃斎藤氏が囲んでいる。たとえ従属したとしても越前朝倉氏にも美濃斎藤氏にも歯がたたない。 この大名家でのし上ることができるとしたら、越前朝倉氏との同盟を解消し、1ヶ月で根尾城を奪い、越前朝倉氏と同盟の大名に従属して…と少しずつ領土を広げる以外にない。

鷺山土岐家 [美濃] 鷺山土岐家 難易度D
武将数:20人 城数:39

当主名 土岐頼芸(武勇2−統率3−政治4−智謀1−水軍3)
注目武将
稲葉一鉄(武勇7−政治−智謀−水軍3)
安藤守就(武勇6−政治7−智謀−水軍3)
氏家卜全(武勇7−政治6−智謀5−水軍3)
竹中重門(武勇5−政治6−智謀7−水軍3)
竹中半兵衛(武勇−政治5−智謀−水軍3)
竹中重矩(武勇7−政治5−智謀4−水軍3)
森可成(武勇7−政治4−智謀5−水軍3)
森可隆(武勇7−政治2−智謀2−水軍3)
森可政(武勇5−政治7−智謀5−水軍3)
市橋長利(武勇7−政治3−智謀3−水軍3)
国枝古泰(武勇5−政治7−智謀3−水軍3)
斎藤利三(武勇7−政治4−智謀5−水軍3)

西村勘九郎の入れ知恵で美濃守護だった兄土岐頼武を追放し、自ら守護となる。 しかしもともと国政に興味がなく、遊び好きで、鷹の絵を描かせたらプロ級だった土岐頼芸は、国政を西村勘九郎(斎藤道三)に任せきりにしてしまい美濃を奪われてしまうのだ。
★兄土岐頼武を追放したばかりで、土岐家の威光が残っているために従属大名も多い。しかし下手をすればあっという間に叛かれてしまうだろう。あえて難易度をDにしてあるがかなり厳しいだろう。

[美濃] 美濃斎藤家 難易度C
武将数:56人 城数:37

美濃斎藤家
当主名 斎藤利良(武勇3−統率3−政治5−智謀4−水軍3)
注目武将
佐藤清信(武勇5−統率5−政治7−智謀5−水軍3)
日根野盛就(武勇6−統率6−政治4−智謀7−水軍3)
日根野弘就(武勇7−統率6−政治3−智謀5−水軍3)
堀田道空(武勇3−統率3−政治−智謀7−水軍3)
武井夕庵(武勇2−統率3−政治−智謀4−水軍3)
宮川安定(武勇1−統率3−政治−智謀5−水軍3)
竹腰尚綱(武勇4−統率3−政治7−智謀5−水軍3)
相場国信(武勇3−統率3−政治7−智謀−水軍3)
坂井政尚(武勇7−政治3−智謀7−水軍3)
坂井尚恒(武勇7−政治3−智謀4−水軍3)
一柳直盛(武勇7−政治4−智謀5−水軍3)
堀吉重(武勇4−政治−智謀4−水軍3)
堀秀政(武勇6−政治−智謀7−水軍3)
前田玄以(武勇1−政治−智謀7−水軍3)
金森可近(武勇6−政治7−智謀7−水軍3)
伊木清兵衛(武勇4−政治−智謀7−水軍3)
伊木忠次(武勇5−政治−智謀5−水軍3)
可児才蔵(武勇−政治1−智謀3−水軍3)
長井規秀(武勇−統率−政治−智謀−水軍3)
長井衛安(武勇4−統率4−政治6−智謀7−水軍3)
長井義龍(武勇−政治5−智謀6−水軍3)
長井飛騨守(武勇3−政治3−智謀−水軍3)
長井道利(武勇6−政治5−智謀6−水軍3)

■斎藤家は代代美濃守護土岐家の家臣として仕えていた。南北朝時代の土岐康行の乱で土岐家が衰退すると守護代として台頭し、 斎藤利藤の代にライバル富島氏を滅ぼして美濃の実権を握った。だが、その後も美濃国内では権力闘争が止まらず、国政は安定しなかった。 そんなときに現れたのが、土岐家の有力家臣長井家をのっとった西村勘九郎(斎藤道三)だったのである。
★土岐家には優秀な武将がいるが、従属しているだけなので、すぐに美濃を制圧して優秀な家臣を確保しよう。

美濃東家 [美濃] 美濃東家 難易度D
武将数:11人 城数:13

当主名 東常和(武勇2−統率3−政治3−智謀1−水軍3)
注目武将
東氏胤(武勇4−統率5−政治−智謀6−水軍3)
遠藤胤縁(武勇7−統率4−政治3−智謀4−水軍3)
遠藤盛数(武勇7−統率6−政治5−智謀−水軍3)


★美濃斎藤家と越前朝倉家に囲まれているので、突破口は飛騨のみ。武将数では上回っているので、何とか飛騨三木家を撃破りたい。頼みの綱は遠藤盛数なので、他家に従属するのは惜しい。

[伊勢] 伊勢関家 難易度D
武将数:23人 城数:17

伊勢関家
当主名 関胤盛(武勇4−統率4−政治3−智謀2−水軍3)
注目武将
赤堀具信(武勇5−統率5−政治6−智謀5−水軍7)

■伊勢国人。織田信長の侵攻に対し奮戦したが降伏。のちに豊臣秀吉の配下として各地を転戦した。
★周りは従属大名ばかりで、戦える戦力は実はほとんどない。外交で臣従させるのはかなり厳しいので、1つ1つ攻め滅ぼしてもいいだろう。 注目武将もほとんどいない状態なので、合戦もかなり苦労するだろう。小大名がひしめき合っているうちに領土を広げよう。

長野工藤家 [伊勢] 長野工藤家 難易度D
武将数:6人 城数:9

当主名 長野稙藤(武勇5−統率5−政治6−智謀4−水軍3)
注目武将

■藤原南家庶流の工藤氏が鎌倉時代初期に伊勢長野にくだり、長野を名のったのが起源である。 以降は有力国人として伊勢中部に勢力を保ち、南北朝時代には北朝方について伊勢国司北畠家と戦った。 その後も北畠家との抗争は続き、応仁の乱でも長野家が西軍、北畠家が東軍に分かれて争っている。 そして長野藤定のときに北畠晴具との和睦が成立し、長年にわたる抗争はようやく終ったのである。
★伊勢分部家や伊勢細野家ら一族が臣従しているので、他国へ従属してしまうと彼らを失うことになる。 しかし宿敵伊勢北畠家と戦うことになるので、くいとめられなければ仕方がない。従属してから伊勢の小大名を滅ぼして再起をはかろう。

[伊勢] 伊勢北畠家 難易度C
武将数:25人 城数:21

伊勢北畠家
当主名 北畠晴具(武勇6−統率6−政治7−智謀6−水軍3)
注目武将
北畠晴具(武勇6−統率6−政治7−智謀6−水軍3)
北畠具教(武勇7−政治6−智謀3−水軍3)
北畠親郷(武勇6−統率6−政治7−智謀6−水軍3)
小造俊茂(武勇4−統率5−政治−智謀−水軍4)
小造雄利(武勇6−政治5−智謀7−水軍3)
小造具康(武勇5−統率6−政治4−智謀7−水軍4)
鳥尾屋石見守(武勇4−政治2−智謀−水軍3)
家城主水祐(武勇7−政治1−智謀5−水軍3)
星合具種(武勇7−統率6−政治6−智謀3−水軍3)
向井正綱(武勇7−政治2−智謀6−水軍3)
愛洲移香斎(武勇−統率3−政治1−智謀1−水軍3)
愛洲元香斎(武勇7−統率3−政治1−智謀1−水軍3)

■村上源氏を祖とし、子孫が洛北の北畠に移り北畠氏を名乗った。南北朝時代には北畠親房が南朝の中心人物となり、足利家ら北朝方と激戦を繰り広げた。 この北畠親房の3男北畠顕能が伊勢国司となったのが、伊勢北畠家の起源である。南北朝合一が果たされると足利幕府に属するが、国司の座を保っていわゆる公家大名となり、守護の支配を受け付けなかった。 そして勢力を拡大し、戦国大名化したのである。

志摩九鬼家 [志摩] 志摩九鬼家 難易度C
武将数:27人 城数:8

当主名 九鬼定隆(武勇4−統率4−政治2−智謀3−水軍)
注目武将
九鬼嘉隆(武勇7−政治2−智謀5−水軍10)

■九鬼家は志摩を地盤に勢力を伸ばしていた国人だったが、九鬼浄隆九鬼澄隆の代に志摩七島党の反乱にあって志摩を追われていた。 そこで九鬼浄隆の弟九鬼嘉隆は、織田信長に仕えて伊勢侵攻に協力し、旧領を回復する。

[近江] 近江浅井家 難易度C
武将数:29人 城数:22

近江浅井家
当主名 浅井亮政(武勇−統率7−政治−智謀7−水軍3)
注目武将
浅井亮政(武勇−統率7−政治−智謀7−水軍3)
浅井清政(武勇5−統率5−政治7−智謀4−水軍3)
海北綱親(武勇6−統率6−政治4−智謀7−水軍3)
赤尾清綱(武勇7−統率6−政治5−智謀6−水軍3)
雨森弥兵衛(武勇7−統率6−政治5−智謀5−水軍3)

■初代浅井亮政のときに北近江の守護京極氏の家臣から独立し、戦国大名となった。 南近江の守護六角氏を敵にまわし、一時は越前に逃れたため、その後、朝倉家から支援を受ける。 浅井亮政の死後、浅井久政浅井長政と続く「浅井三代」は、京極氏や六角氏との抗争をへて要害小谷城を本拠に台頭していった。 やがて織田信長との同盟に発展するが、朝倉家との関係は、のちに皮肉な運命をもたらすことになる。

六角佐々木家 [近江] 六角佐々木家 難易度C
武将数:32人 城数:27

当主名 六角定頼(武勇7−統率6−政治−智謀6−水軍3)
注目武将
六角定頼(武勇7−統率6−政治−智謀6−水軍3)
後藤賢豊(武勇6−統率6−政治−智謀6−水軍3)
進藤貞治(武勇5−統率5−政治7−智謀6−水軍3)
三雲定持(武勇4−統率5−政治3−智謀7−水軍3)
吉田重賢(武勇7−統率5−政治1−智謀1−水軍3)

■近江源氏佐々木氏の一族で、鎌倉時代から南近江の守護をつとめた名門である。 京都の六角堂に屋敷を構えたことから六角氏を名のり、同族の京極氏とは長期にわたって対立関係にあった。 観音寺城を本拠に六角定頼、その子六角義賢が勢力を維持し、将軍家の後ろ楯ともなったが、 台頭してきた浅井氏との戦いに加え、重臣を暗殺したことで家臣団の統率力を失い、急速に衰退してしまった。

[伊賀] 伊賀衆 難易度A
武将数:60人 城数:7

伊賀衆
当主名 百地三太夫(武勇−統率−政治1−智謀−水軍3)
注目武将
百地三太夫(武勇−統率−政治1−智謀−水軍3)
藤林正保(武勇7−統率7−政治1−智謀7−水軍3)
阿保式部(武勇7−統率7−政治4−智謀−水軍3)
柘稙小四郎(武勇6−統率6−政治1−智謀−水軍3)
伊賀崎道順(武勇5−統率6−政治1−智謀−水軍3)
城戸弥左衛門(武勇5−統率6−政治1−智謀−水軍3)
植田光次(武勇7−統率6−政治2−智謀6−水軍3)


★武将たちの智謀が半端じゃない。伊賀衆のなかでは藤林正保の智謀7が最も低いというのが驚き。百地党など武将ではないために注目武将に漏れているが、 智謀8を越える郎党がうじゃうじゃしている。おそらく奇襲の嵐を巻き起こせるのではないだろうか。百地三太夫を筆頭に、ガンガン攻めよう。

[山城] 山城足利(将軍)家 難易度D
武将数:72人 城数:21

山城足利(将軍)家
当主名 足利義晴(武勇3−統率3−政治4−智謀1−水軍3)
注目武将
足利義輝(武勇−政治6−智謀3−水軍3)
足利義昭(武勇3−政治−智謀−水軍3)
角倉宗忠(武勇2−統率3−政治−智謀−水軍3)
朽木稙綱(武勇5−統率5−政治6−智謀7−水軍3)
近衛稙家(武勇1−統率3−政治−智謀4−水軍3)
三条西実隆(武勇1−統率3−政治−智謀5−水軍3)
狩野元信(武勇1−統率3−政治−智謀5−水軍3)
飛鳥井雅綱(武勇2−統率3−政治7−智謀5−水軍3)
新見有弘(武勇2−統率3−政治7−智謀4−水軍3)
真継久直(武勇2−統率3−政治7−智謀−水軍3)
小倉公右(武勇1−統率3−政治7−智謀3−水軍3)
三条西公条(武勇1−統率3−政治7−智謀6−水軍3)
雪嶺永瑾(武勇1−統率3−政治7−智謀6−水軍3)
策彦周良(武勇1−統率3−政治7−智謀5−水軍3)
常庵竜崇(武勇2−統率3−政治5−智謀7−水軍3)
堯淵(武勇1−統率3−政治4−智謀7−水軍3)
二条尹房(武勇1−統率3−政治5−智謀7−水軍3)

■清和源氏源義家の孫源義康が下野国足利に入って足利氏を称する。 鎌倉時代には有力御家人として勢力を伸ばした。そして足利尊氏のときに北條家を倒して鎌倉幕府を滅ぼし、 さらに後醍醐天皇に反逆して足利幕府を開く。その後、三代将軍足利義満のときに南北朝合一なって全盛期を迎えるが、 応仁の乱をへて実権を失ってしまう。そして戦国大名の政争の道具として、名目のみになりさがったのである。
★北以外は京兆細川家に囲まれている。だが、武将の数もかなり多いし、中には優秀な家臣もいる。 若狭武田家を屈して突破口を見出そう。

京兆細川家 [山城] 京兆細川家 難易度C
武将数:89人 城数:99

当主名 細川晴元(武勇6−統率6−政治5−智謀4−水軍3)
注目武将
細川元常(武勇4−統率5−政治−智謀5−水軍3)
松永久秀(武勇7−統率8−政治−智謀−水軍3)
松永長頼(武勇−統率7−政治2−智謀3−水軍3)
薬師寺元一(武勇7−統率5−政治2−智謀2−水軍3)
木沢長政(武勇3−統率5−政治−智謀6−水軍3)
篠原長房(武勇3−統率5−政治7−智謀7−水軍3)
奈良元信(武勇5−統率6−政治2−智謀−水軍3)
管三郎兵衛(武勇3−統率3−政治3−智謀7−水軍7)

足利義康の曾孫にあたる足利義季が、三河国額田郡細川に入ったのが起源である。 その後は一門として足利家に従い、足利尊氏の挙兵にも協力して、足利幕府成立後は三管領家のひとつとなった。 そして讃岐、阿波、河内、和泉などの守護となり権勢をふるうが、応仁の乱ののちは一族同士が争って衰亡し、 三好家に実権を奪われてしまった。

[大和] 興福寺 難易度E
武将数:5人 城数:11

興福寺
当主名 興福寺門徒衆(武勇3−統率3−政治1−智謀1−水軍3)
注目武将


★従属大名を多く抱えているのがまず難点。どの従属大名も臣従はしてくれないだろう。当主が門徒衆なのがさらに難しくしている。 生き延びる道を選ぶなら、あえて興福寺門徒衆を敵国に捕らえさせて当主を替えるのが得策。

大和筒井家 [大和] 大和筒井家 難易度C
武将数:5人 城数:14

当主名 筒井順興(武勇7−統率7−政治7−智謀−水軍3)
注目武将
筒井順興(武勇7−統率7−政治7−智謀−水軍3)
森好之(武勇3−統率4−政治7−智謀5−水軍3)

■大神神社の神官大神氏の出身といわれる。大和国添下郡筒井の土豪で、 興福寺の僧兵に属して大和に勢力を伸ばした。応仁の乱のころ畠山氏一族の抗争に巻き込まれ、 長いあいだ抗争が続いた。筒井順昭の代に宿敵越智氏を滅ぼし、大和平定の気運が見えたが、 次代の筒井順慶松永久秀に追われてしまう。 のちに織田信長豊臣秀吉に仕えて大和を回復するが、筒井定次の代に伊賀上野へ移り、 関ヶ原合戦後に改易された。

[大和] 大和越智家 難易度D
武将数:15人 城数:23

大和越智家
当主名 越智家広(武勇4−統率6−政治7−智謀6−水軍3)
注目武将
越智家広(武勇4−統率6−政治7−智謀6−水軍3)
十市遠忠(武勇5−統率5−政治7−智謀4−水軍3)


★大和国では興福寺が最大勢力だが安定した勢力ではなく、ほとんどが従属大名で構成されている。そのため大和国ではどの大名がのし上っても不思議はない。 それは越智氏にも言えることで、筒井氏も有力な勢力だが、大和国を制圧することは難しくない。

大和柳生家 [大和] 大和柳生家 難易度E
武将数:2人 城数:1

当主名 柳生家巌(武勇4−統率4−政治5−智謀4−水軍3)
注目武将
柳生七郎左衛門(武勇7−統率5−政治1−智謀1−水軍3)


★まず真っ先に伊賀衆に狙われる。すぐに他家へ従属して、北を目指す以外には道がない。しかし 武将もたったの2人なのでかなり厳しい。また興福寺とは同盟しているが、興福寺は従属大名は多いわりには臣従大名もなく、武将数も少ない。そのためもし伊賀衆や京都への道が閉ざされてしまった場合には興福寺との戦いも手だ。

[河内] 高屋畠山家 難易度D
武将数:18人 城数:20

高屋畠山家
当主名 畠山稙長(武勇3−統率4−政治7−智謀4−水軍3)
注目武将
斎藤山城守(武勇2−統率4−政治−智謀6−水軍3)
畠山稙長(武勇3−統率4−政治7−智謀4−水軍3)
遊佐長教(武勇6−統率7−政治5−智謀7−水軍3)

■足利家の一族で、足利幕府創立時の戦功によって能登、越中、河内、和泉などの守護に任ぜられ、 斯波家、細川家とならぶ三管領家に名を連ねた。だが、15世紀後半に畠山持国の養子畠山政長と実子畠山義就のあいだで家督をめぐって争いが起こり、 応仁の乱の要因の一つとなった。その後は幕府の実権を細川家に独占され、勢力が縮小して河内一国の守護となり、河内高屋城を居城としている。

雑賀鈴木衆 [紀伊] 雑賀鈴木衆 難易度B
武将数:29人 城数:8

当主名 鈴木佐大夫(武勇−統率7−政治5−智謀7−水軍)
注目武将
鈴木佐大夫(武勇−統率7−政治5−智謀7−水軍)
鈴木左兵衛(武勇6−統率5−政治1−智謀4−水軍7)

■鈴木という姓の多くは物部氏系の穂積氏を祖としており、紀州熊野を発祥の地とする。 雑賀鈴木家もこの系統であろう。鈴木家は紀ノ川河口の雑賀荘の国人で、紀州守護畠山氏の内紛に参戦してから傭兵としての活躍を開始し、 諸大名の求めに応じて全国各地で戦った。熱烈な一向宗徒でもあり、本願寺が織田信長との抗争を開始すると織田軍と激闘を繰りひろげ、 何度も撃破っている。
★難易度はB。本願寺に従属しているが、従属している間にできるだけ領土を広げよう。雑賀衆というだけあって海戦には滅法強い。海を制して天下を狙おうっ!!

[紀伊] 紀伊堀内家 難易度D
武将数:2人 城数:8

紀伊堀内家
当主名 堀内氏光(武勇4−統率4−政治3−智謀3−水軍5)
注目武将

■紀伊新宮城主。熊野新宮別当職で、熊野水軍の頭領。豊臣秀吉に降り朝鮮の役で水軍を率い活躍する。 関ヶ原合戦で西軍に属したことで改易されてしまった。
★他家が資金難に苦しんでいるなかかなりの資金を抱えている。それもそのはずで、武将数が圧倒的に少ない。 臣従や従属大名もいないため、従属などを繰り返せば領土を広げるのもできるかもしれないが、 まずは武将確保ができなければ難しい。

大名一覧

武将数

城数

難易度

[蝦夷]アイヌ民族

4

115

C

[蝦夷]蠣崎武田家

9

6

C

[陸奥]浪岡北畠家

4

7

C

[陸奥]三戸南部家

51

65

B

[陸奥]高水寺斯波家

14

18

C

[陸奥]陸奥和賀家

10

18

D

[陸奥]陸奥葛西家

28

39

B

[陸奥]大崎斯波家

27

32

C

[陸奥]小高相馬家

18

14

C

[陸奥]岩城大掾家

9

11

D

[陸奥]二本松畠山家

7

15

D

[陸奥]三春田村家

10

7

D

[陸奥]黒川蘆名家

22

36

B

[陸奥]白河結城家

6

9

D

[陸奥]陸奥伊達家

38

63

A

[出羽]檜山安東家

20

51

C

[出羽]出羽戸沢家

11

13

D

[出羽]出羽小野寺家

27

40

C

[出羽]大宝寺武藤家

10

20

D

[出羽]最上斯波家

22

41

C

[下野]下野那須家

11

30

D

[下野]下野宇都宮家

35

54

C

[常陸]常陸佐竹家

36

40

B

[常陸]常陸大掾家

32

5

D

[常陸]小田八田家

14

17

D

[下総]下総結城家

17

13

D

[下総]古河足利家

15

31

D

[上総]小弓足利家

38

33

D

[安房]安房里見家

26

37

A

[武蔵]扇谷上杉家

26

25

D

[上野]山内上杉家

82

137

B

[相模]相模北條家

140

162

A

[甲斐]甲斐武田家

137

64

C

[信濃]桑原諏訪家

48

95

C

[信濃]信濃大井家

32

47

C

[信濃]海野滋野家

49

56

B

[信濃]坂城村上家

66

86

C

[信濃]深志小笠原家

41

109

C

[信濃]信濃木曾家

7

18

C

[飛騨]飛騨三木家

9

16

D

[越後]上条上杉家

22

54

D

[越後]越後長尾家

69

107

C

[越中]越中神保家

10

14

D

[能登]能登畠山家

35

41

C

[加賀]加賀本願寺

116

76

A

[越前]越前朝倉家

45

46

C

[若狭]若狭武田家

25

20

D

[駿河]駿河今川家

73

78

B

[三河]岡崎松平家

73

59

D

[尾張]勝幡織田家

48

36

B

[美濃]大桑土岐家

20

9

E

[美濃]鷺山土岐家

20

39

D

[美濃]美濃斎藤家

56

37

C

[美濃]美濃東家

11

13

D

[伊勢]伊勢関家

23

17

D

[伊勢]伊勢長野家

6

9

D

[伊勢]伊勢北畠家

25

21

C

[志摩]志摩九鬼家

27

8

C

[近江]近江浅井家

29

22

C

[近江]六角佐々木家

32

27

C

[伊賀]伊賀衆

60

7

A

[山城]山城足利(将軍)家

72

21

D

[山城]京兆細川家

89

99

C

[大和]興福寺

5

11

E

[大和]筒井大神家

5

14

C

[大和]大和越智家

15

23

D

[大和]大和柳生家

2

1

E

[河内]高屋畠山家

18

20

D

[紀伊]雑賀鈴木衆

29

8

B

[紀伊]紀伊堀内

2

8

D




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