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小助官兵衛の旅日記(信州真田編)
〜信州真田をたずねて〜

群馬→新潟→長野 まだ残暑の残る9月末、東京から高崎に降り立った我々は肌寒さを覚えた。さすが信州!高崎から箕輪城へ。周りは今でも田んぼが一面にあって、当時の風景を残してる?長野氏の末裔が今でも城内の領地を持っていて、城門や屋敷などが個人所有の形で残ってた。とても全周が大きく、武田の包囲戦は難しかったろうね。難攻不落の城ですな。

ほっそい山道を車で走ってたら迷ったので、JAのおばちゃんに岩櫃城を聞く。山道に車を停め、獣道みたいな城内の道を上る。ここらは修験者に縁が深いところらしく(小さな社もあった)、真田の諜報という面にも箔をつけてる。さすがに天険の要害らしく、道がきつい・・・。城と言うより、草ぼうぼうの荒れ山って感じ。息をきらせながら頂上に達すると、下界のなんと遠いこと・・・。山城というより、岩山?

沼田城はしっかりした平城だから、城郭も残ってるんじゃないかと期待したが、我々の期待は打ち砕かれた。目の前にあるのは野球場・・・、そう、跡形もなく野球場でした。当時を忍ばせるものは、ひっそりと立つ「看板」のみ。・・・兵どもが夢のあと。本丸から沼田市街の夜景を眺めつつ・・・

朝霧の中、車をとばしてたら、突然現れた「名胡桃城」の看板!ここは櫓すらなかったけど、見事に堀と廓の形が残っていた。しかもよく手入れされてて、敵を防いだであろう崖も舗装されてた。地元の人のおかげかな。小さな城だけど、感謝。

途中、小川城を発見。支城らしい。

烈風伝にも出てくる小城、坂戸城。まぁ越後と上野を結ぶ要地でもあるし、登っとくか?みたいな気で上ったら、あんた、すごい、すごい高いよ、しかもすんごい傾斜!(恐っ!)山頂から結構な水が流れてくる。こりゃ水の確保は万全だね。そんなことも考えつつまだ、まだ登る。はてしなく登る。下界は霧でうっすら見える程度。こんな絶壁を這う道をつたって山頂まで兵糧運べたのか?!はなはだ疑問だ!当時の兵士は命がけで背負って運んだんだろうな。ってかこんな危険なところで刀振り回してたら危ないぞ・・・。やっとの思いで頂上についた、と思ったらほそ〜い尾根をつたった100mむこうに櫓がある・・・。どうやら、ここは第二廓で、むこうの30人がやっと立てるような小さく狭い場所が最後の砦となる本丸らしい・・・(汗。 こんなところで耐えたくないってのが感想でした。ほんとにすごかった。

さて、狭い山道から一気に日本海沿道をかっとばします。ああ・・・日本海ってすげぇな・・・(サーバーへお世辞じゃないよw)と感嘆しつつ、いざ春日山城へ! ところが夕方になっても見つからない。そのうち夜になりました。市内をうろついてると城を発見。これか?と思ったら違った。高田城だ。なんだこれ?しかも城内に高校があるし。ある意味すごいな。どうやらここは山城の春日山城をすてて移った平城らしい。平和な時代は経済重視か。結構立派な城だったけど、眼中になし。夜中に春日山城をめざす。

やっと春日山城を発見。さすが、天下の名城だけあってデカイ。一部は学校の所有地になってたりするんだけど、山全体が城で、それでも上のほうの廓は残ってて、すごい広い。今まで見てきた山城とはやっぱ違うなぁ。本拠だからね。一つ一つの廓が広いので(駐車場になっててトイレもある)今晩は城の中で寝る。ここで小助が車の講習してくれと言うので深夜練習したりした。(ちょっと恐かったよw)

朝、心地よい眠りから覚め、春日山城でそばを食べ、土産の「毘の盃」(シブイ!さすが謙信だな)を購入。小助はTシャツ購入。いいきもちで出発できた。一路、春日山城から信濃の海津城へ!

海津(松代)城はそのとき工事中だった・・・。でも巨大な城壁もあってちゃんとした平城になってた。櫓がないのが残念。ちかくの資料館や真田邸を見てまわって、みやげものを物色。ここらはもう観光地って感じだった。予算つぎこまれてますな。

ここで、この旅のメインイベント真田祭りです。 結構な人だかりで屋台なんか出てました。その中を真田信行直系の子孫の方が真田信行に扮して、町会長さんらが武将になって、武者行列です。見事な赤備えでした。突然行われる忍者のアトラクションもよかったw

夜は町内の人らによる真田太鼓を楽しみ、綺麗な婚礼行列も見ました。おめでと!

次の日は川中島へ。ここもかなり観光地化してたがみやげ物物色する私たちにはまだもの足りなかった。ここで湯のみ購入(ん〜謙信の盃に匹敵するシブイものが欲しかった・・・! 信玄ッ!)。

いよいよ、真田ゆかりの地です。真田氏本城は山城ですが、本丸まで車で行けるのでそれほど、って感じでした。廓の形はきれいだったけど。

あたりには真田資料館などがあり、真田の歴史や支城ネットワークを確認できたりします。

近くの松尾古城(マイナーだよなw)を行く。今は個人の私有地らしい。無視して入ったけど、きつい山道でした。もう日は沈んでいたので足元に危険を感じつつ、本丸を目指す。すると、低い石垣が組んである(ずいぶん原始的な)。他には何も見当たらない・・・。多分本丸だろうということで、日も暮れたんで危険に思い私は下山することにしたが、小助は奥にまだあると踏んで、闇の中をさらに登っていった。麓で待っていると小助が降りてきたが、どうやら奥にはなにもなかったらしい。

戸石城は真田の堅城らしく、それなりに大きかった。道が分かれてて、米山城も行けるらしい。とりあえず、戸石城をめざしのぼる。はじめは比較的なだらかだが、本丸近くになるとロープを伝って登るところもあり、それなりに傾斜はきつい部分もある。夕方に登りはじめて、本丸についたころにはとっぷりと暮れてた。

夜上田城に移動し、寝る。大きな平城で城郭もあって、駐車場や公園もある。だから暴走族もたむろってた。上田城は石垣と大手門が残っててりっぱでした。城内には資料館もあり、鎧や真田親子の蝋人形があった。

途中、山道の中にお土産屋らしき店を発見。トイレ借りて出てくると、小助と店主の親父が話してた。後で聞くと同じく真田ファンらしく真田談義で盛り上がり、店主自慢の刀(本物)を見せてくれたらしい。皆さんも山道の途中で店を見つけたら入ってみると意外な真田ファンを見つけるかもしれません。

望月城は小さな城で、本丸近くまで車で行けた。頂上につくと、木が伐採してあって投書箱が設置してあった。今は整備中みたい。投書に「城つくってください」と無理な注文書いて下山。

小諸城は平城で結構な町の中にあって庭園もあり、整備されてた。4時?以降になると入場料が無料になるのでそれまで暇つぶしてから入場。江戸時代と思われる石垣や大きな門や櫓もあって、これぞ城って風格を漂わせる。予算あっていいね。戦国時代を思わせるみやげ物は無く、しょうがないので特産の胡桃を買った。春日山城なみの渋い物はなかなか無いなぁ。

松本城は町のど真ん中にあり、駐車城が無いのよ。困ったんで路肩に停めて即効見て帰ることにした。さすが「国宝 松本城」と銘打つだけあってよく整備され、天守閣もどーんと構えていた。江戸時代の面影が色濃く残ってた。

旅を終え、高崎へ帰路につく。




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